引用

ふわっとあったかい

彼の場合、ライナー・ノートは、たいてい「ザ・バンドの2枚のアルバム、ジャニス・ジョップリン、サイモン&ガーファンクルなどのプロデューサーであり…」という「気鋭」な感じから書き出されてしまうことが多いんですが、この「ミュージック・フロム・ハーモニー・ファーム」という彼のソロ・アルバムは、まさにハート・ウォーミングな作品でね。ふわっとあったかい。このアルバムジャケットに全てが象徴されているような感じかな。

4107FZ9WGGL彼のアーティストとしての傑作はというと1970年に発表された「ジョン・サイモンズ・アルバム」があげられることが多くて、その頃は確かにちょっと「気鋭」な感じです。でも、この「ミュージック・フロム・ハーモニー・ファーム」の頃(1995年)になると、カドカドがとれて、もう丸くなっていてね。辛いところが全然ないんです。
ときどき、ひっそり日本にやってきて、神戸で20人くらいのお客さんで歌っていくこともあるらしい…今はそんな感じの人なんでしょうね。そういうお人柄が薫るアルバムです。

今のこの国生きていると、こういう「闘わない音楽」にどれだけ癒されるか…
「どの曲が」というより、このアルバムが流れている55分間がご馳走。そういうアルバムです。

John Simon 「Music From Harmony Farm」
ジェネオン エンタテインメント(1995)

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心地よく過ごせるように

ヘニング・シュミートさんは旧・東ドイツ出身のピアニスト。故郷はずいぶん山深いところだそうです。JAZZピアニストと紹介されることもありますが、クラシック、エスニッックな音楽、とにかく分け隔てなく、また気負いもなく様々な楽曲を弾き、様々な人たちとセッションされています。
51ZdlBMROxL去年の冬に来日して演奏会を行い、音楽ホールだけでなく、神戸の旧グッゲンハイム邸や鎌倉の旧・里見弴邸(西御門サローネ)などでも演奏され、いつも観客のそばにいる彼らしいツアーだったようです。
ご紹介したいのは、彼が2008年に発表したアルバム「Klavierraum」。奥様が妊娠されていたとき「暑い夏を心地よく過ごせるように」との想いから作られたアルバムです。アコースティックなピアノ音だけではないんですが、それもやさしい使い方です。
鬱陶しい季節に、彼の奥様への愛情をちょっとご相伴…
オススメの作品です。

ヘニング・シュミート「Klavierraum」( Flau )2008年

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戦争と個人

現在は代々木公園、国立代々木競技場、国立オリンピック記念青少年総合センター、NHK放送センターなどとなっている、占領アメリカ軍兵士、軍属たちのための住宅が「ワシントンハイツ」でした。このワシントンハイツについて書かれた秋尾沙戸子さんの著作「ワシントンハイツ GHQが東京に刻んだ戦後」(新潮社)は、たんにワシントンハイツの日常を描写するだけでなく、ここからジャニーズ事務所が始まったことなど「占領される」ということが、この国にどういう化学変化を生じさせたのかなど、立体的に「ワシントンハイツがあったこと」を活写しています。

一方、ヨコハマの本町通り、山下町交差点にシェル石油のビルがありました。竣工は1929(昭和2)年(竣工時はライジングサン石油横浜本社)。今は高層マンションになってしまいましたが、1990(平成2年)に解体されるまで、あの狂乱なバブルの時代にも襟を正したような、いい時代のモダンな感じを冷凍保存したような建物でした。下の写真は1985(昭和60)年に、シェル石油と昭和石油が合併する前年に撮影した建物正面にあった回転ドアです。今も後継のマンションに「回らなくなった回転ドア」が意匠として保存されていますが、なんだか建物の継承保存について鯖を読まれているようで、あまり好きになれません。

shellこの建物の設計者はアントニオ・レーモンドさんとベジドフ・フォイエルシュタインさん。
アントニオ・レーモンドさんはあのフランク・ロイド・ライトさんのお弟子さん。帝国ホテルの設計にも関わっていたという人です。

このレーモンドさんについて「ワシントンハイツ GHQが東京に刻んだ戦後」には、彼が、アメリカ軍による焼夷弾効果実験のための「日本の木造家屋」を設計したと書かれています。ソルトレイクから120キロの砂漠に、トタン屋根と瓦屋根と2種類の住宅群をつくり、建材もでくるだけ日本のヒノキに近いものを使用し、畳も敷いて、室内にはちゃぶ台や洗い桶まで置いた…。国家総動員法の施行以来、日本からの情報が途絶えていたアメリカ軍にとって、日本に造詣の深いレーモンドさんは貴重な存在だったようです。

そして、ライトさんのお弟子さんとして来日したとき、すでにレーモンドさんは予備役ながら軍の諜報部員という肩書きをもっていたことが、アメリカ陸軍の資料に残っているんだそうです。

レーモンドさんは、シェル石油のビルだけでなく後藤新平の自宅、聖心女子学院、東京女子大の礼拝堂などいくつもの「東京の建物」を設計しています。もちろん、日本の建築士に足跡を残された方です。でも、その一方で彼は謎の多い人物でもあり、ひょっとしたら日本と米国のダブル・エージェントだったのではという見方もあります。

レーモンドさんは、1947(昭和23)年、再来日し、日本に設計事務所を開き、1973(昭和48)年まで活動されています。

止むに止まれぬ事情があったのかもしれませんが、レーモンドさんは、東京をつくって、その東京を燃やし、どんな空襲があったかを充分に承知の上で、その空襲からたった3年後には再来日し、また、東京をつくっていた…

早計に結論を出すのは間違いでしょう。でも「戦争に翻弄された」とは言い難い個人がここにいるように思います。

僕は、あの頃、若者たちを戦場に送り出すことに加担した多くの市井の大人たちにも、同じような感慨を持っています。そして、今、この僕が、あのときの大人たちと同じような状況に立たされる可能性が出てきていることも認識ししています。

戦争が遠い彼方にあった時代はすでに過去のものになりつつあります。

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ウルトラマンジャズ

U-JAZZ 1考えてみれば「特捜隊の歌」のメロディに、洗練された大人のジャズを感じているなんていうのも不思議なものです。でも、ホントにいいジャズです。いい時間をプレゼントしてくれます。
布川俊樹さんは1958年の生まれ。東工大のジャズ研にいた頃はすでにプロフェッショナルとして数々セッションに参加されていたギタリスト&作曲家。僕より3つ年上だから「ウルトラマン」にはもっと鮮明な記憶があるのかもしれません。

それにしても力の抜けた演奏。野趣とは対極にある都会的な軽やかさ。どこかに漂う透明感。
すでに死語になりつつある「小粋」を地で行くような音楽です。

(僕は納浩一さんのベースも好きです。そういえば納さんも京大卒でしたね)

気鬱な夜を軽くしたいときの一枚に。天気が重いときには尚のこと。ありがたいアルバムです。

ウルトラマンジャズ 布川俊樹プロジェクト
布川俊樹(g)、福田重男(p)、納浩一(b)、岩瀬立飛(ds)、香取良彦(vib)、小池修(sax)
(1998年の録音/東芝EMIから再販)

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Mauro Pagani

イタリアン・ロックの話を書いたらマウロ・パガーニのことを思い出しました。未だにロックといわれてピンときませんが、このアルバムを最初に聞いた1970年代は情報が何もなく、つまりはジャケ買いが唯一の方法で、針を落とした途端に(当時はアナログ盤でしたから)まさに「目が点になった」の覚えています。

mauro_pagani彼は、PFMというバンドのフルートとバイオリン奏者。つまり日本流にいえば「プログレッシブ・ロック」の系譜から出てきた人ですが、それにしても、この初ソロアルバムで彼が担当しているのはヴァイオリン、ヴィオラ、ブズーキ、マンドリン、ブルガリアン・ヴォイスのような地声の女声もフューチャーされています。つまり、まさに地中海なエスニック満載な演奏で、ロックというより(当時の言い方でいえば)民族音楽…

でも、目が点になったあと、ぶっ飛びました。なぜか地中海の空気を感じたような気になり、その後の僕にエスニック・ブームを巻き起こします。

のちに廉価の日本盤が発売され、日本でも少数ながらコアなファンを獲得し、来日も果たします。

今もCDは発売されているようです。ロック云々というより、ひとつの格調高い音楽として記憶に残る一枚です。

マウロ・パガーニ「地中海の伝説(邦題)」ディスク・ユニオン

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ドキュメント72時間

「空間」と「場所」について、とてもわかりやすく的確な説明をしてくれている文章に出会いました。

山崎孝史さんの「政治・空間・場所 政治の地理学に向けて」という著作の一節です。

「まず入居先を探す時に、大学近辺の不動産業者を訪れ、入居可能な物件をいくつか比較しなかっただろうか。その物件の一つ一つは「1K」などと示される間取りの記号・図面、畳の枚数、面積、そして敷金・家賃などで表現されるのが普通である。これが「空間」として物件をとらえた場合に確認できる客観性や抽象性である。《中略》
 同じ例を用いれ「場所」の説明をしよう。こうして自分が入居するワンルーム・マンションを決め、引越しもすませ最初の夜をむかえたとしよう。おそらく初めての一人暮らしに興奮して眠れなかったという人もいるだろうが、そうした最初の夜、あるいは住み始めて最初の数週間、帰宅しても誰もいない部屋に一人でいることについてどのように感じたろうか。部屋の主観的な感じ方は、おそらく人それぞれであろうが、高校まで住みなれた家、家族とともに暮らした家、そのなかの自分の部屋と比較して、新しいワンルーム・マンションの空間にどんな違いを感じただろうか。もし両者に違いを感じたとしたら、この違いが住み慣れた「場所」と住みなれていない「空間」との違いともいえるのである。」

というわけで、NHK総合の番組「ドキュメント72時間」は「日焼けサロン」「自動車教習所」「秋田・真冬の自販機前」「赤羽のおでん屋さん」など、たいてい場所性に注目して番組づくりが行われています。

空間としては同じ「日焼けサロン」でも「場所としての日焼けサロン」はそこを訪れる人によって様々な顔をみせる…第三者の目にはまったくわからない…だからインタビューを試みる。

面白い番組です。4月からの放送がまた楽しみです。

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Liz Carlisle

Liz_Carlisle昨日は、たんに「どんより」というだけでなく、たぶん気圧もおかしいなという曇天。彼女の唄に助けられていました。

リズ・カーライル。彼女はハーバードで民族音楽を勉強しながら自らもミュージシャンとして活動していた人。ジャケットからもわかるとおり日本的な分類に従えば「フォーク・シンガー」といった趣のミュージシャンです。

(もう10年くらい前になるのか。三井のリハウスのCMソングにもなったり、その他、何度か日本のCMにも彼女の唄が起用されています)

彼女はね、彼女の憂鬱さも含めて自然に彼女を唄います。でも、彼女は中島みゆきさんみたいに唄い上げない。自分に自然体で向き合い、どこかで故郷に吹く風の爽やかさも信じているのかな。だから、煽られてる感じでもなく、また、お為ごかしに元気づけられているという感じもなく、自然にほぐれていく感じです。

空見上げても曇天…なんて日にはおすすめです。

「ウォーター・イズ・ワイド」リズ・カーライル(日本盤CDはビクターから)

引用

この国の希望

オフクロが久々に映画を観に行き、面白かったというので「話を合わせるため」にレンタルDVDを借りてきた… ただそれだけの話でした。

でも、違和感があった…

貧乏な小藩というのはともかく、なんで「いわき」の藩だったのか。その藩の名物としてなぜ大根の漬物をクローズアップするのか…

話は「隠し金山」の濡れ衣を着せられた小藩に、無理難題を課して「お取り潰し」を狙う幕閣と、それを小藩が見事に切り抜けてゆくという物語。

一件落着して、まとめのシーケンス。将軍は、小大名に「身中の虫をあぶり出すためにお前に艱難辛苦を強いた」と詫びを入れ、でも「余は弱い家来などいらぬわ」ともいいます。
小大名は、その場で「我々はよいが、民のことを考えると肝が冷えました」と返し、将軍が「どういうことだ」と問い返すと
小大名「もし、上様がまことに愚かであれば民が苦しみます故」と応えます。

将軍「そちの申すとおりじゃ」と笑い、なぜ「隠し金山」が濡れ衣だと、あらかじめ気がついていたのかと問う小大名に、将軍は「前の献上品の大根は絶品だった。よく耕した土の味がした。あの様な大根を持ってくるやつに悪い奴はおらん」と応えます。そして居住まいを正した将軍は

「政をおろそかにして、いわきの土を殺してはならん。この先、永久にな」といいます。

ああ、闘っている人がいる。素直にそう思いました。あのときの「四谷怪談」と同じです。

この国に革命は起こりませんが、もっとスマートな(人の血が流れぬ)方法が息づいています。
婉曲に過ぎるのではなく、有効なボディ・ブロウを打ち続ける方法。ゴジラだって、ウルトラマンだってそうでした。

まさに「良心」なんだろうな。百田尚樹さんや山崎貴さんみたいな方もいらっしゃれば、そういうエンターテイメントの造り手がいて、演者さんやスタッフさんがいて、そういうエンターテイメントに資金を提供する企業もある…

ホントに有難い。この国の希望だと思います。