引用

夢違之地蔵

yumechigai-jizoh菊川橋西詰の墨田区立「菊川橋児童遊園(小さな児童公園ですね:墨田区菊川三丁目)」の一角に「夢違之地蔵」というお地蔵さんが安置されています。「夢違」というのは「この惨状がただの悪夢であり、目が覚めれば夢として消え去ってほしい」という市井の願文によるもので、多くの場合「夢違観音」というように観音様に冠されています。でも日本では「子どもの守り神」ともされるお地蔵さんがこの場にはふさわしかったのでしょう。きっとお子さんの犠牲者も少なくなかったんだと思います。

1983(昭和53)年。ご近所の有志の方によって建立されたこのお地蔵さんの祠の傍には詞書があり、

この地蔵尊の在わします菊川橋周辺の惨禍は、東京大空襲を語るとき後世まで残るもので霊地として守らねばならない聖域である。 とあります。

きょう、3月10日には夢違之地蔵講、菊川三丁目会の主催で、関東大震災における犠牲者の方も含めて遭難者への法要が行われます。
近隣にはいくつか同様のお地蔵さんが建立されていて、やはり、それぞれの町内会で法要が行われます。

このあたりでは2月の中旬頃から、あちこちの町内会掲示板に「法要開催」を知らせる張り紙が目立つようになります。出入りの激しいヨコハマの下町と違って、焼け出されても、この街に戻ってきた方も少なくなかったんでしょう。そうしたみなさんが記憶を継承されているんだと思います。

周辺にマンションが目立ち始め、そうした記憶とは縁もゆかりもない若い世代が暮らし始めています。
「これから」の継承が大変でしょう。現役世代の力量が試されているのかもしれません。

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ハイライン(HIGH LINE)

ニューヨークに年間440万人を超える利用者・観光客を集める人気の観光スポット=ハイライン(HIGH LINE)があります。さすがにメトロポリタン美術館の610万人には及びませんが、自由の女神は315万人。近代美術館(MOMA)の250万人を上回る人々を集める…それがハイラインです。

high-lineハイラインは、ニューヨーク市の鉄道ウェストサイド線の支線のうち、マンハッタン34丁目以南の高架貨物線のこと。1980年に最後の列車が走ってからは放置され治安面からも90年代の後半には解体が決定、スポーツ施設などを中心にした周辺地区も含め再開発が行われる予定でした。

でも、二人の若者が発起人になって、高架橋を公園・遊歩道として再利用しようという案が提唱されます。
彼らは「フレンズ・オブ・ザ・ハイライン」というグループを立ち上げ、行政などの関係機関への交渉や、グッズのデザイン&販売などのキャンペーンを展開します。そして、ついにはニューヨーク市の再開発案撤回を引き出し、実際に高架橋を緑地化。そして、440万人を超える利用者・観光客を集める人気の観光スポット…というわけです。

今も、ハイラインは「フレンズ・オブ・ザ・ハイライン」とボランティアたちによって維持管理がされています。でも、日本の公園愛護会とはちょっと違う感じです。「フレンズ・オブ・ザ・ハイライン」はボランティアたちにお礼の手紙を書いたりしますし、ボランティアたちはハイラインについての歴史の勉強会などに参加します。…そんなことより、彼らはほんとうに友だちだな。勤労奉仕じゃないんです。

この本には、このハイラインというプロジェクトの顛末が記されています。前半部分は主役の2人が交代で登場し、時系列に沿いながら、その出会いとプロジェクトのはじまりから、具体的にどのような形で進めていったのかを語っています。

(この二人の話しっぷりがハイラインなんですね。彼らの行動をノウハウ化して何にも生まれない。
ただただ、ああ面白そうだな、行ってみたいなって読めばいいんだと思います)

そして、後半は写真の紹介。現在のハイライン。放置された廃線だった時代のハイライン。そして、ハイラインの隆盛によって地価が上がったという周辺の開発状況も記録されています。

まさに「私立の公共政策」。リスペクトだな。

何より臥薪嘗胆じゃなく、楽しそうなのがいいですね。

ジョシュア・デイヴィッド/ロバート・ハモンド 著 和田美樹訳
「HIGH LINE アート、市民、ボランティアが立ち上がるニューヨーク流都市再生の物語」
アメリカン・ブック&シネマ 刊

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フリーランス

庄野雄治さん。本の帯には「コーヒー業界が冬の時代に、何の経験もないまま 徳島でコーヒー屋を始めたアアルトコーヒー・庄野雄治」とあります。この本の著者=庄野さんは珈琲の焙煎士(コーヒー・ロースター)さんです。

daremoinai本の「はじめに」には「凡人には凡人の生き方がある。一流でも二流でも三流でもない、普通の人が地方でお店を続けていくために本当に必要なこと」「何とかフリーランスで十年生き延びることができた。もがき苦しんで、いっぱい間違い失敗してきたからこそわかったことがたくさんある。生まれてこの方、世界と折り合いをつけることができず、日々格闘している私のような人間でも何とかやっていけるんだよ、と伝えたい。」とあります。
会社員を辞めて、フリーランスの焙煎士を目指されるとは、僕は、庄野さんも庄野さんの奥様も「普通の人」ではないと思いますが、たぶん、この場合の「普通」とは「ゲスの極み乙女」の川谷さんのような才能もなかったし、perfumeさんのような芸もなかったという意味でしょう。
ただ、そういう「秀でた」感のあるなしよりも「フリーランスでいたい」というマインドの強さの方が、実は、その人をフリーランスたらしめる大きな要因だと、僕はそう思っています。若い頃、音楽やってたり、美大に行っていたり、嫌というほど「才能のある奴」も「芸に秀でた奴」も見てきたんですが、ずっとフリーランスで不惑以上を来れた連中は、そういう意味では二番手、三番手。ただ、どうしても「会社員にはなれない」という、そのあたりに強い意志があったように思います。

フリーランスを続けるっていうのは非正規雇用の会社員を渡り歩くというのとも、ちょっとニュアンスが違います。

求人雑誌をめくるのではなく、自分でお客さんを探します。そういう意味で凪の日もあれば大嵐の日もあるわけです。

でもね。自分らしくいられるのはやっぱりフリーランスだと思います。無理は続きませんから自然にアンプラグドになりますし、そうする自由もあります。

ただね…

たいへんはたいへんなんです。なんの後ろ盾もなく「自分の信用が担保の全て」っていうのは、やっぱり生半ではない。
この本の中で、庄野さんがさらっと書かれていることの方が、現実に「そうしていく」には難しいことがたくさんあります。

ただ、芸(特殊なことができる)がないとフリーランスになれないというのは誤解だし、
肝心なのは「フリーランスになる」と決めることで「芸」の部分は「出会い頭」そういうアングルから読むと参考になること満載の本です。

庄野/雄治 著 「誰もいない場所を探している」mille books刊
大塚いちおさんのアートワーク(ブックデザイン&イラスト)も秀逸です。

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退行欲求

幼いままに誰かに甘えていたい/でも人間成長して艱難辛苦を受け止めていかなければならない(成長もしたい)。
そのアンビバレンツな欲求の間に「悩み」が生まれる。
そして、悩んでいる間がモラトリアム。少なくとも立ち止まれる…

と、加藤諦三さんはおっしゃる。…なるほど。

退行欲求(≒「幼いままに誰かに甘えていたい」)で生きている人ほど偽りの愛に弱い、自分に心地よい話をしてくれる人を良い人と思う。子どもを誘拐する犯人は、「私は誘拐犯だよ」と言って子どもに近づかない。子どもが欲しいものを持って現れる。質(たち)の悪い人は、退行欲求で生きている人のほしいものをぶら下げて現れる。その餌に飛びついた時に、その人は釣られたのである。そして生涯奴隷のように働かされるかもしれない。ビジネスの場で妙に親しさを強調する人がいる。「こんなビジネスの時に個人的に親しいなどということを強調する必要はない」と心理的に健康な人は疑問に思う。ところが自己憐憫するような孤独な人は、個人的な親しさを強調するとコロリと騙される。愛に飢えていると、「私はあなたと個人的に親しいからあなたには特別に全力を尽くす」という主旨のことを言われると、相手が親身になってくれると思ってしまう。こうして質の悪い異性に騙されたり。質の悪い不動産屋さんに騙されたりして人生を棒にふる。

加藤諦三著「悩まずにいられない人」から by 久米書店

…ああそうか。
でも、(僕らの世代くらいだと)大半の人生ってこんなでしょうね。

でも、まぁ、幸か不幸か、子どものままで一生終わることができないのは火を見るより明らか。
加藤諦三さんも、まずは「いつまでも子どものままでいられないんだ」と踏ん切りつけることから幸福が始まると思っておられるようでした。

高度成長期には庶民も庶民なりに「あぶく銭」を持ちましたから、けっこうな年齢になるまでモラトリアムが効いちゃって、悩み多きままに人生を棒にふることができました。でも、今の若者は若いうちから「成長して艱難辛苦を受け止めていかなければならない」から、彼らの方が幸せになれるのかもしれません。そして、その方が社会も幸福になるはずです。

こちらは「自己憐憫するような孤独な人」の塊のような世代に属するんで、なんだか申し訳ない気もしますが、彼らの苦労を高みの見物というのではなく、実効性のあるエールはおくりたいと思っています。

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Map of The Human Heart 「心の地図」

あまりにも美しい戦争映画です。

1931年、結核に冒されたイヌイットの少年アヴィックは探検家に助けられカナダの療養所へ入ります。そこでアヴィックはアメリカ先住民族と白人の混血少女アルベルティンと出会います。似た者同士だった二人は友情を超え深い信頼関係で結ばれますが、やがて離れ離れになります。
それから10年、空軍パイロットとなったアヴィックと美しく成長したアルベルティンはロンドンで再会します。でも、戦争が、北極圏、モントリオール、ロンドンと二人に数奇な運命をしいていく…

爆撃機から、つまり上空から下を見る感じで映し出されるドレスデン空襲のシーンは、1997年の作品なのにあまりに美しすぎて今も忘れられません。

416V3M1J4JLときに映像詩のような作品が、その美しさ故に、返って戦争と庶民との関係を冷徹に描くものです。アヴィックも幸せにはなれませんでした。彼はあの時代に生きていただけなのに…

原題「Map Of The Human Heart 」 邦題「心の地図」
イギリス/フランス/カナダ/オーストラリアの共同制作
監督:ヴィンセント・ウォード
主演:ジェイソン・スコット・リー/
アンヌ・パリロー

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明日があるさ

いつもの駅でいつも逢う セーラー服のお下げ髪
もう来る頃 もう来る頃 今日も待ちぼうけ
明日がある 明日がある 明日があるさ

ぬれてるあの娘こうもりへ さそってあげよと待っている
声かけよう 声かけよう だまって見てるボク
明日がある 明日がある 明日があるさ

1961(昭和36)年生まれの僕でさえ、うる憶えな、楽曲「明日があるさ」の一節です。作詞は青島幸男さん、作曲は中村八大さん。歌唱されたのは坂本九さん。でも1963(昭和38)年の年の瀬に発売されたときには大ヒット曲となった楽曲です。2000(平成12)年、この楽曲をテーマにしたCM(ダウンタウンの浜田さんを中心に吉本芸人オールスター出演みたいな)が話題になり、ウルフルズが歌ったこの楽曲もリバイバル・ヒットします。当時も暗い世相でしたが、そういう日本を明るくしていこうというコンセプトで製作されたというCMを庶民も喝采で迎えたというわけです。

でも、今はもう「明日があるさ」に賛同でき、共感できる状況ではなくなってしまいました。
「明日があるさ」と歌われても、絵空事か皮肉に聞こえます。

「明日があるさ」というようなファイト感はなく、もっと諦めムードなのが本音です。

「明日があるさ」は、今の自分を脱して、あしたは違う自分になっているという希望でもあります。
1963(昭和38)年頃は、多くの人がそう思えたのでしょう。今は昔の話です。

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減速して生きる

gensoku帯に書かれている「年収600万円→350万円。なのに手元に残るお金は変わらず。」僕もなんとなくわかるような気がします。
その年収を維持するためにストレスを溜め、その解消に思った以上に経費をかけていた…故に、年収を減らした分、そのあたりの出費が無くなって、手元に残るお金は変わらない…逆にゆとりも出てきたという…そんな感じなんじゃないでしょうか。

著者=高坂勝さんは、ビジネスパーソンだった人を辞めて、旅に出て、その後、知らない街へ行って、生産者と繋がりながら、たった6坪(正確には6.6坪らしいですが)のBarを始めたという方です。この本には、その道筋が思い出語りのように綴られています。

こういう本を一冊書かれる方だし、こういう思い切った行動に出られた方ですから、もちろん、高坂さん、ただ者ではありません。特に「人と繋がっていく」部分については、生半でないデザイン力を感じますし、度胸も感じます。

たぶん、フツウの人には、その両方がないものです。

でも、それでも、尚、この本を参考図書として推薦したいのは、現状を、高坂さんの経験をなぞりながら眺めてみてはどうかと思うからです。こういう時代になれば、誰にとっても、一度は「自分にとってのダウンシフトっ何なのか」「自分にダウンシフトを実現するとしたら、どんな感じになるのか」…イメージしてみる必要がある。そう思うからです。

新古書店でもよく見かける本です。

減速して生きる ダウンシフターズ
高坂 勝 著 幻冬社 発行(2010年)

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沁みるように効く

雨は

落首。ある朝、盛り場などに世相を風刺した狂花などが書かれた立て札が立っている…もちろん「詠み人知らず」。すでに平安時代の京都=四条河原などにあったといいます。

ここに紹介するのは、あまりにも有名な江戸の落首。なにごとも贅沢を禁止した寛政の改革を主導した松平定信が白河の殿様だったことにかけて「白河」。「田沼、恋しき」の「田沼」は田沼意次。彼の治世の間に賄賂が横行したというけれど、彼は洋学を奨励し、大規模な干拓事業や被差別な人々を主役に北辺の開拓を目指したり、幕府財政の立て直しにもそれなりに成功。彼の時代には江戸の街文化も隆盛でした。それで「もとの濁りの田沼恋しき」。近年の研究ではたんに重商主義だったのであって、汚職まみれだったわけではないと評価が変わってきています。
松平定信の意向に逆らって江戸の街文化を守ろうとした遠山景元は、当時から芝居狂言でヒーローに描かれていて、今も「遠山の金さん」です。松平定信には「世の中に かほどうるさきものはなし ぶんぶといふて 夜も寝られず」という落首も有名です。芝居や娯楽本を禁止する一方、ひたすら学問と武道を奨励したがる彼を皮肉ってのものです。

もちろん婉曲に過ぎるというご指摘はあるでしょう。でも「戦争反対!!」より粋だなと思うし、たぶん、こういう方法の方が沁みるように効くんだと思うんです。「要求」じゃなくて「文学」ですからね。