左脳的な理論だけで

スージー鈴木さんの著作「1984年の歌謡曲」に、作詞家の康珍化さんをアナライズして以下のような一節があります。

この人、比較的芸風が広い人だとは思うが、ここで注目したいのは、当時のいくつかの作品タイトルに表れた、独特のセンスである。『悲しみがとまらない』(杏里)、『まっ赤な女の子』『艶姿ナミダ娘』『渚のはいから人魚』『ヤマトナデシコ七変化』(以上、小泉今日子)、そして、杉山清貴&オメガトライブの『君のハートはマリンブルー』、『サイレンスがいっぱい』『ガラスのPALM TREE』。
この独特な言語感覚を説明するのは難しいが、あえて言えば「コピーライター的言語感覚」とでもいうべきか。例えば「悲しみ」という抽象名詞に「とまらない」を付けるなど、文字面に積極的な意味は無いが、でも何となくイメージがふわっと湧き立つ感じのタイトル。この感覚は、「不思議、大好き。」「おいしい生活。」など、当時全盛を極めていた糸井重里のコピーと共通するものである。『君のハートはマリンブルー』も、イメージは分かるけれど、よく考えると、意味はつかみきれない。

引用部分の最後の「イメージは分かるけれど、よく考えると、意味はつかみきれない。」は、つまり「右脳にはよく伝わってくるが、左脳的な理論としては説明がついていない」ということなんだと思います。

…左脳的に説明のつくことが全てではない。そして「右脳」にこそ響くメッセージは実在する。

僕は、このことを無視して、左脳的な理論だけで造ってしまったのが、あの、どこかに寂しさを抱え続ける「再開発の街」なのではないかと思っています。

あたたかみは右脳側で感じるんでしょうね。でも、つい最近まで(いや、今も)左脳的な理論で説明がつけば、それが全てだと思ってしまっている。「まちづくり」といえば「建築」という理系の仕事という考え方も、そういったことから派生したものでしょう。

ただ、そういう時代も、もうそろそろ終わりかな。

「左脳だけが全てじゃない」って認識が一般的になりつつあるわけですからね。

日本銀行券

どうやって日本銀行券(いわゆるお金=この国においての)と距離をとって暮らしていけるようにするか…
それが最大の課題です。
幸いにして、すでに「時間の切り売り」を糧にしているという状態は僕にはありませんが、それにしてもお金なしには暮らせません。10年前に比較すればびっくりするくらい消費支出も減らしましたし、マイホームやクルマは意識して、これを所有しないようにしてきました。病を得て、お酒やタバコとも無縁になりました。

でも、お金を使わないわけじゃない。
でも、貯金は危ない。
ここが思案のしどころです。

前の敗戦のとき、当時、多くの国民が買っていた戦時国債(今でいえば貯金みたいなもんですね)もパーになって、さらに、この日本銀行券の信用が短期期間にガタ落ち。闇市で食べ物を売ろうにも、仕入れ値が毎日上昇して人々は死ぬ思い…

僕は、その再来を懸念しています。

机上の計算は成り立ちますが、実践となると話は別。何事もペヤングのソース焼きそばをつくるようにお手軽に済むわけではないのが現実です。

オリンピックまでは保つとして、あと2〜3年。だれが政権を取っても、不時着の程度が軽くなるだけで無難な着陸は不可能でしょう。

何しろ家計資産の80%は60歳以上に集中し、前人未到の禁じ手=ゼロ金利が現状です。
あの当時、戦場に男たちを失った農地が耕作者を失ってとんでもない苦労をした状況と限界集落な現状はとてもよく似ていますし、空襲で焦土と化した都市部の状況と、無理な再開発と空き家とコイン駐車場、住人を失ってこれから苦境に立たされる大規模なマンションな都市部の状況もよく似ています。何しろ、銀行はタダでお金を借りてこれるのだから、デベロッパーやハウジング・メーカーは実際の消費水準をはるかに上回る物件を造り続けます。もちろん、実際には需要がないわけですから、そう長くは持ちません。サブプライム・ローンが短期間に弾け飛んだのと同じ原理です。

たぶん王道も指南書もありません。誰もこんな局面に直面したことがないからです。

さて…

とにかく考えては実験です。

かつてのカウンター・カルチャー

カウンター・カルチャー…辞書には「ある社会に支配的にみられる文化に対し,その社会の一部の人々を担い手として,支配的な文化に敵対するような文化。敵対文化」とあります。ややもすると「逆らう」がファッションです。

カウンター・カルチャーって、工業生産で富国しようとする政府が子どもたちを公的な学校教育で粒ぞろいの部品に仕立てようとしていくとき、その子どもたちの自然な命が、その風潮に争って顕在化していくのかなと思います。命の叫びですから、それは理性的なものではなく、衝動的なもの。故に、何に逆らっているのか、誰に逆らっているのか、どうして逆らっているのかも判らず、だんだん粗暴になっていく…それが自然な流れなのだと思います。

つまりカウンター・カルチャーって成就する中身もないのだろうし、一方で衝動的になりきれない(理性を消し込むこともまた不可能である)人間としてはだんだん虚しくもなっていくでしょう。

そうしたことから、三田誠広さんの「僕って何」ではないですが、私に帰っていこうとする向きもあるのでしょうが、衝動的なレジストだったから故に「学校教育で粒ぞろいの部品に仕立てよう」には実は無抵抗。気が付いたときには、平板で規格品的な部品としての自分しかなく、ほとんど個性は残っていなかったというオチまでついてしまうのが常でしょう。

カウンター・カルチャーしか知らない人たちは、これからどうしていくのかな。工業生産時代の申し子なのだからたくさんいらっしゃるはずです。

しかも標準世帯時代な彼らは多くの場合、子育てもしている。彼らの遺伝子は彼らの息子や孫に受け継がれてもいるはずです。

でも、彼らの息子や孫が、彼らの親世代にカウンター・カルチャーすれば違ってくるかな。

街かどには、そういう兆しも見えなくもないかもしれません。たんに複写機ではない自分を持っている、そんな「私」を持っている若者が、ふっと自分らしく生きているなら、彼らは、かつてのカウンター・カルチャーとは無縁の人々です。

棄 民

好んでマニュアル・レーバーを選択する人もいます。そして、ネット・ショッピングや「まとめサイト」的なものを閲覧するともなしに時間を潰し、どこか空虚な気分を抱えながらアマゾンのプライムビデオを観て、ときどきは誰かと居酒屋チェーンでフェイクなお酒を飲む…

つまり、マニュアル・レーバーか、与えられたエンターテイメントの中に生きている。もちろん量産な既製品ですから、満足感も「ほどほど」です。でも、誰かからカードが与えられなければ「無」。自ら仕事を創り出すこともできないし、余暇時間を創造することもできない。「自分でつくりだす」ではなく「既製品の選択」が全てなのです。

でも、今、この国に生きている人々のマジョリティは、こんなふうに生きているのだと思います。

好意的な見方をすれば「何事にもこだわらない」ともいえるし、質的な評価に踏み込めないともいる。別の見方をすれば、その辺に転がっているもので済ませる「面倒臭がり」ともいえるでしょう。でも、大量生産・大量消費の時代にはもってこいの就業者であり消費者の像だといえる…つまり、個々人の性質というより、行政による教育の賜物なのだと思います。

「ホンネとタテマエ」の「タテマエ」。この部分については、自分の意思に反してもパブリックに従っておく。小さな庶民としては、ある意味、戦略的な処世術だとは思います。でも、従っているうちに、パブリックを主導する行政機関などに「ホンネ」の部分までもが洗脳され、知らず識らずのうちに書き換えられてしまう。

庶民は「ご提案」という名の洗脳には無防備でした。

そして、戦後も親子三代です。じいちゃんからして「少国民」な洗脳の中に育ち、みんなと同じように洗濯機や冷蔵庫、テレビを所有することに幸福を見出す自分に疑いを持つこともできず、ただただ実直に働いて来た人です。もちろん、余暇を過ごすのは大量に複製された歌謡曲やヘルスセンターのようなマス的娯楽施設です。その子どもや孫は、さらに、そうしたことに疑いを持たずに成長し、今もスマホのゲームで時間を潰し、マニュアル・レーバーに働いているわけです。
これからも工業生産時代が続くなら、それでもいいのかもしれませんが、それは加速度的に過去のものになっていっている。「より安く」を消費者が望む限り、工業生産は海外に流出し、人件費が上がれば国内の労働市場も国際的な競争に巻き込まれていきます。

でも、今から知価(情報)生産に移行しようとしても、下手をすれば、じいちゃんからして、指示通りに「複写する」の経験しかなく、ゼロから何かを想像した経験値に乏しく、消費に明け暮れて来れば文化資本の蓄積にも乏しい…そんな感じなのかもしれません。

かつての行政なら、こうした人々を移民にして追い出したり、兵士にしようとするのでしょう。酷い話ですが、絵空事ではないことは歴史が証明しています。

…これからどうなるのかな。

すでに就業者としては外国人やAIにとって脅威ではなく、行政は税率を上げながらサービスを低下させ、高齢化が介護負担を強い、そして就業は不安定。消費者としても充てにされなくなっていくでしょう。もちろん彼らをターゲットにしたビジネス物語も描きにくくなるのだと思います。

(ユニクロもビジネスというよりは公的なインフラになってしまうのでしょう)

バブルの傷跡も癒せず、さらにリーマンショックに畳み掛けられ、それでも「これから高度成長期」というような時代のように土建な経済振興は続いています。

満州開拓団のみなさんを襲った悲劇、樺太に取り残された人たちの悲劇。戦後のドミニカ移民のみなさんのご苦労を思います。

お役人にとって、僕らは「処理すべきデータ」に過ぎないのでしょう。前川喜平(前文科省事務次官)さんのような方はごく稀な存在です。だから、信じて待っているのは危険です。第二次大戦中に行われた「虐殺」ともいうべき行為も、しばしば行政内の権力闘争などが起因で、それで庶民はゴミのように焼き殺されたりし、今もいたるところに収集されない遺骨になって、その地に打ち捨てられている…僕らはそんな存在です。

自立しましょう。「いつかなんとかしてくれる」と信じて待ってちゃダメです。「税金、払ってるんだから」も通用しません。追求しても官房長官のようにかわされるだけです。

棄民:戦争や災害などで困窮している人々を、国家が見捨てること。また、その人々。

憶えておきましょう。

自分は選挙にはいかない

ある人が以前「自分は選挙には行かない」と話していたのを突然思い出した。彼は「社会と自分との距離をどうとるかっていうことや」と言っていた。
政治や社会問題のことを「自分にはわからない」と言って、「それっぽいわかったような顔をして話している人」をあざ笑うような態度を取る人もいる。
考えたくないと思うことはたくさんあるし、考えたくないときは考えなくていいと思うけど、商売ができたり、整備された道路を歩けたりするのはこの「国」があるからで、それと距離なんて取れるわけがない、距離を取るとしたら、どの国の領土でもない場所で電気や水道を全部自分で整えて自給自足の生活をするしかないと思うんだけど、そういうことじゃないのか。

村上 慧 著 「家を せおって 歩いた」より

村上さんは武蔵美卒の美術家。この本は「移住を生活する」として発泡スチロールの家を背負って各地を移住したその生活から、2014年からのおよそ1年間を切り取った、村上さんの(雑感を交えた)日記です。僕にとっては今年前半で最も示唆的な一冊になりました。

きょうは、横浜市長選挙の投票日ということで冒頭の一節を引用させていただきました。

ヨコハマのみらい/僕らのみらい

薄ボンヤリと「みなとみらい」の景観を眺めていると、ヨコハマもまだ大丈夫だと錯覚する人も少なくないでしょう。

でもね。昼間のヨコハマ都心はおじいちゃんとおばあちゃんの街。それにcoffee一杯で何時間も粘っている中高年のおばちゃんたち。横浜駅あたりの再開発なショッピングモールも撤退と出店の繰り返し、それも力尽きてきて横浜駅西口の地下街ではメインの出入り口のすぐ横の一等地でさえ空きテナントで、催事スペース。
あんなに大きな投資をした上大岡の再開発も、少なくとも上大岡を発展させたとはいえず、街は高齢者の街へ。16号線沿いを港南区役所方面に向かえば、道を歩いているの区役所のお役人だけ。あとは誰も歩いていない。

(でも、最近、港南区役所の庁舎は立派に新築された。もちろん、介護や子育て支援は課題を残したまま。税金で建築業者に仕事をつくったんだろうな。それ以外に合理的な理由は浮かびません)

そして戸塚駅周辺の再開発は江戸時代からの歴史性を破壊しながら、完成前に寂れていっているのが現状です。

これからの みなとみらいだって…

「ぴあ」さんに1万人のアリーナ、つくって維持できるほどの体力があるわけはなく、ゼロ金利な銀行が口実つくってビジネスを仕立てただけだし、地主の三菱地所さんのメリットになるだけ。「ぴあ」さんも倒産の確率が高まっただけだし、ヨコハマには閑古鳥なアリーナが残るだけ。既存のパシフィコは投資を回収できぬままに「古びた施設」になってしまうという災禍のおまけつきです。
神奈川大学さんに「みなとみらいに新学部」の話しもありますが、これもゼロ金利な銀行の思惑+補助金、助成金ビジネスなのかな。少子化の時代に建物建てて新学部なんて、話しのオチはそんなところでしょう。そういうビジネスがあるんだなって加計さんが教えてくれました。

横浜市内郊外に立地する優良企業を「みなとみらいへ」などという話もあるようです。移転させた後の「郊外」はどうなるのか。まさに蛸の足食いです。

そして市役所には新庁舎。確かに今は関内地区の民間ビルに分宿している横浜市役所ですが、つまりは、そこが空きビルになって関内は空洞化。その後をホテルにしようなんていう再開発話しもあるようですが、これも昨今の「ゼロ金利」もの。デベロッパーさんは売り抜けちゃえばいいですが、やっぱりヨコハマに残るのは「閑古鳥」…オリンピック・バブルの崩壊と重なればさらに重症の災禍に。

しかも、時代はすでに「空間性から場所性」の時代へ。立派な牌楼が並ぶ中華街より、面白い出会いがあり、もちろん、美味しいがある池袋の(見えない)チャイナタウンの方が集客力があり、元町のメインストリートも気がつけば金太郎飴なフランチャイズ店ばかり。横浜駅東西口はもっとそうです。ヨコハマの観光地や繁華街は「昔の名前で出ています」な状態です。

郊外には、ららぽーとな感じで、それなりに若年層の消費者を集めている商業集積ちもありますが、利益を吸い上げるのは東京の本部です。地元にほとんどお金は落ちません。

健康そうに見えて重篤な高血圧で糖尿病な肥満体質なのが今のヨコハマでしょう。

なのに、酒飲んで忘れて 明日の活力とか 言ってる…

何を隠そう、かつての僕がそうでしした。そして49歳で脳出血に倒れ、しんどいリハビリに耐えたけど、今も右半身に後遺症は残り、この文章も複視に悩まされながら左手で書いている…

横浜の有権者の方は、とにかく選挙に行きましょう。「棄権」は、自分の人生の「棄権」に繋がりかねない刹那です。
自分のために「白紙の委任状」だけはナシにしましょう。

過ぎたるは

北海道夕張市出身の建設官僚、高秀秀信が横浜市長に就いたのは前述したように(すいません、この「前述」については省略させていただきます)90年。83年に着手した「みなとみらい21」の土地区画整理事業は対象面積が92年から約96ヘクタールに拡大(現在約102ヘクタール)され、商業ビル・道路・地下鉄などの建設・整備が急ピッチで進んだ。
高秀は、自民党最大派閥・経世会が後押ししていたこともあり、梶山静六や小此木(彦三郎)との繋がりを持っていた。一方、菅は横浜市議一回生ながら「当選一回も二回も市議団の一員としては同じ資格のはずだ。団長や議長候補を決める際に、我々の意見を聞いてほしい」と物怖じせず発言するなど、市議会でも際立つ存在だった。小此木は高秀に、「人事でわからないことがあったら菅に相談してください」と助言し、高秀自身も市の力関係、人事を知り尽くした菅を頼りにした。当時、自民市議らがやらなかった市幹部らとの朝食会なども菅が常態化し、高秀との連携も密になる。菅は市議二期目途中から「影の市長」と囁かれるような存在になっていた。

松田賢弥 著
「影の権力者 内閣官房長官菅義偉」(講談社刊 2016年)から

たぶん経世会が横浜市政に招いた北海道生まれ、北海道大学卒の建設事務次官が「横浜村の機微」など知ろうはずもなく、「市幹部らとの朝食会など」にも熱心で、故に「市の力関係、人事を知り尽くした」官房長官が市政の実質をコントロールしていただろうことは想像に難くありません。この後、官房長官の独裁に嫌気した横浜市郊外区の住民が中田宏市長を実現して、この体制にレジストしますが、彼もまた「横浜村の機微」に通じていたわけではなく、彼が重用した市役所内の反対勢力の横暴さというか不器用さもあって、スキャンダルを仕掛けられたり、中心的なスタッフのたて続けの「死」も重なって、彼は辞職。その後は絵に描いたような報復人事と政策転換(例えば中田市政の基本姿勢の一端を示す「協働」という言葉が、市役所の中では次々と「共創」に置き換えられていったり)で現況に至るというわけです。

満州からの引揚者の息子、故に苦労して一流とは言い難い大学を卒業しただけの官房長官が、なぜ、今日の地位を築けたか…
それは役所の人事を握ること。さほど優秀でもない「フツウのお役人」に目をかけて、自身は裸の王様の側について「フツウのお役人」を地位に就けてしまうことで行政を牛耳るというスタイルを発明したことに拠ります。

でも、官房長官は政令指定都市と雖も一地方都市である横浜市と、この国の政府の質的な違いが読めていなかった…

政府はね、横浜市役所のようにはチョロくはなかったというわけです。もちろん国政は耳目を集めやすい。近頃はマスコミの目だけじゃなく、インデペンデントなジャーナリストだってSNSやYouTubeを背景に元気です。

それにね。やっぱり知識と経験が要求される…なにしろ国政ですからね。

横浜あたりでなら、加計さんみたいな巨悪も出てこないし、出てきたとしても「地方版」の出来事。握りつぶそうと思って潰せないものでもないんでしょう。議員さんやマスコミのうるささも違います。

たぶん「加計さん」という存在は安倍さんとその取り巻きの中での出来事で、官房長官が直接的な利害関係者ではなく、王様に気を遣って「申し開き」に終始したただけなのだと思います。

そのあたりが哀しさですね。

秋田から出てきた引き揚げ者の子が政令指定都市の市会議員になっただけで充分だったのに。

絵に描いたような「過ぎたるは猶及ばざるが如し」という一席でした。

引用

サイロ・エフェクト

江戸の洋学者は、西洋から新しい機械が持ち込まれると、まず、その機械を可能な限りバラバラにして部品を理解し、パーツごとに再構築しながら原理を理解し、最終的にもとの機械と同様に組み上げて同じ動作ができるように確認するという段取りで未知の機械を理解していきました。まさに、エンコード(あるデータを符号化すること)からデコード(符号化されたデータを復元すること)というプロセスです。

だいたい、人間が「未知」を理解しようとするとこんな感じで、つまり、理解に分類は不可欠です。

でもね。そのことに囚われてはいけない…

高度に複雑化した社会に対応するため組織が専門家たちの縦割りの「サイロ」になり、その結果 変化に対応できない。その逆説を「サイロ・エフェクト」という。

これは、フィナンシャル・タイムズ紙 アメリカ版編集長 ジリアン・テットさんの著作「サイロ・エフェクト 高度専門化社会の罠」(日本語版 文藝春秋社刊)の帯にある一文です。「サイロ」とは家畜の飼料を貯蔵する円筒形に作った倉庫のこと。あの牧場の風景にあるやるやつです。イメージとしては、そのサイロの中に籠ってしまう感じ…つまり「井の中の蛙」であり、ある意味「壷中の天」なのかもしれません。学会というサイロの中では評価の高い学者さんもサイロの外のことは全く知らない。どこのサイロでもそうだから、どの専門分野でも「部分」のことしかわからなず、現実の社会で専門の研究成果を活かすことができない。学会などに限らず、また、さほど高度でなくても、こういうことは起こりますね。

(自分の経験を現在にアジャストすることができずに息子の就職活動に口を出すお父さんなども、そうかもしれません)

当時の若者博が、自分の「好き」にどんどんのめり込んでいて他に興味を示さない傾向に「タコツボ・コンセプト」って名前をつけたのは報堂生活研究所さんだったかな。これも一種の「サイロ・エフェクト」。つまり、専門家たちだけでなく、分業制な感じの「近代」に暮らす誰もが陥りやすいボトルネック。

サイロ・エフェクト…

しかも「医師免許」は実質「一種類」だから、脳出血キャリア・右麻痺のリハビリの担当医が「麻痺した神経」を病理的に研究していた人で、つまりリハビリのノウハウには無力…と弊害にひねりが加わった感じにもなる。テレビのコメンテーターさんも、経済学者なのに芸能ネタにコメント求められてもいますもんね。

求められているのは、受け手としての僕らの、質的な進化なんでしょうね。テレビのコメンテーターなんだから、十把一絡げに「専門家」っていうんじゃなく、経済学者なんだから芸能ネタには素人って、はっきり認識すべきだし、自分の「守備範囲だけ」ではなく、面倒でも全体を俯瞰できる知識(教養)を持つべきなんでしょう。

そうすれば、ずいぶん視界は明るくなる…逆に言えば今は自分で自分に煙幕を張っちゃってる感じなのかな。

いずれにせよ、自分の脚元を照らすのは自分かな。照らしてくれる人を待つんじゃなくてね。