左脳的な理論だけで

スージー鈴木さんの著作「1984年の歌謡曲」に、作詞家の康珍化さんをアナライズして以下のような一節があります。

この人、比較的芸風が広い人だとは思うが、ここで注目したいのは、当時のいくつかの作品タイトルに表れた、独特のセンスである。『悲しみがとまらない』(杏里)、『まっ赤な女の子』『艶姿ナミダ娘』『渚のはいから人魚』『ヤマトナデシコ七変化』(以上、小泉今日子)、そして、杉山清貴&オメガトライブの『君のハートはマリンブルー』、『サイレンスがいっぱい』『ガラスのPALM TREE』。
この独特な言語感覚を説明するのは難しいが、あえて言えば「コピーライター的言語感覚」とでもいうべきか。例えば「悲しみ」という抽象名詞に「とまらない」を付けるなど、文字面に積極的な意味は無いが、でも何となくイメージがふわっと湧き立つ感じのタイトル。この感覚は、「不思議、大好き。」「おいしい生活。」など、当時全盛を極めていた糸井重里のコピーと共通するものである。『君のハートはマリンブルー』も、イメージは分かるけれど、よく考えると、意味はつかみきれない。

引用部分の最後の「イメージは分かるけれど、よく考えると、意味はつかみきれない。」は、つまり「右脳にはよく伝わってくるが、左脳的な理論としては説明がついていない」ということなんだと思います。

…左脳的に説明のつくことが全てではない。そして「右脳」にこそ響くメッセージは実在する。

僕は、このことを無視して、左脳的な理論だけで造ってしまったのが、あの、どこかに寂しさを抱え続ける「再開発の街」なのではないかと思っています。

あたたかみは右脳側で感じるんでしょうね。でも、つい最近まで(いや、今も)左脳的な理論で説明がつけば、それが全てだと思ってしまっている。「まちづくり」といえば「建築」という理系の仕事という考え方も、そういったことから派生したものでしょう。

ただ、そういう時代も、もうそろそろ終わりかな。

「左脳だけが全てじゃない」って認識が一般的になりつつあるわけですからね。

もうすぐでしょうね

プラモデルも、卓越した技芸で見事なモデル・アートに仕上げていく、プロフェッショナルなモデラーの方もいらっしゃるわけです。でも、たいていの場合は「説明書どおりに組み立てられた」だけ。自称「玄人はだし」でも「色を塗ることができた」まででしょう。プロ・モデラーのようにリアルを「追求」する忍耐力は持ち合わせていないものです。

つまり、出来上がった作品に深みもなければ、人々を魅了する「惹き」もありません。大量生産された工業生産品の域を超えられず、また「量産品」だけに、そういうものはすぐに巷に溢れ「ありふれたもの」になる…「すぐに飽きられてしまう」の所以です。

どんな素人でも簡単に組み立てられるのに、そこに一定のクオリティを持たせるのは容易なことではありません。大量生産しないとその経費を賄えないでしょう。
結果、津々浦々に、近似値的な「再開発地」「ファスト風土」は広がり、住宅街はオペン・ホセな建物で満たされていく…

満たされれば満たされるほど飽きられるのも早い…

もうすぐでしょうね。

外国人向け

ベトナム戦争時、武器や弾薬を含む軍需物資の輸送船。その日本人クルーのリクルートをしていた米軍機関はヨコハマの瑞穂埠頭にあったそうです。1000人以上の方がヨコハマから戦地へと向かっています。当時、安倍さんと同じ流れの内閣でしたし、あまり話題になりませんでしたが、1968(昭和43)年には敵軍の迎撃を受けて、そうした日本人の方からも戦死者も出ています。

そして、今も瑞穂埠頭は米軍施設です。敗戦時の接収が解除されてはいません。

ここに勤務する米兵や軍属の方なんでしょう。横浜駅の西口と東急東横線の反町駅の間のマンションには、若いアメリカ人がそれなりの人数いて、駐車場には米軍属をあらわす「Yナンバー」のクルマも珍しくはありません。

彼らが、これから横浜駅西口に建設が始まる44階建て、14〜43階が住居=390戸の「外国人向け住宅」という建物の顧客として見込まれているのなら、あまり気分のいい話ではありません。確かに、彼らにとっては独房のようだろう「日本人サイズ」のマンションに分宿している現状は「改善すべき」ことなんでしょうし、こういう面に関しては日本側からの「思いやり予算」で、自腹は痛まないのかもしれません。

引っかかりますね。

それに、彼らからの家賃をあてにしていたマンション・オーナーたちは、たくさんの空室を抱えることになってしまうかもしれません。もちろん、すべて「仮定」の話ですが、根岸の米軍住宅の只中に我が家があって、何かあると我が家に帰ることもできなくなる現状を抱えるヨコハマです。少数ならかんたんに切り捨てられるのかなと思います。

ときどき、やっぱり日本は「敗戦国なんだな」と思うことがあります。本牧に広大に広がっていた米軍住宅は、住宅地とショッピングビル、ロードサイド・レストラン公園など「日本のファスト風土」になりましたが、市内の接収地が皆無になったわけではなく、まだまだ接収は続いています。
そうしたヨコハマで「外国人向け」というと、なにもビジネス絡みというだけでなく、こういう見方もできるんだなーと思いました。

いずれにせよ、寄る辺なききは「街場の庶民」。昔からそういう街です。

ヨコハマの住宅事情

平成25(2013)年の総務省統計局「住宅・土地統計調査」によれば東京23区の空き家は587,320戸。空き家率は11.1%。住宅の10軒に1軒は空き家です。この「空き家」にマンションの「空室」は含まれていないも同然、アップデートが激しすぎて実態が掴めないからです。
でも2013年以降、次々と完成し、これからも完成していく20階建て以上の高層マンションは5万戸分に少しかけるくらい…「20階建て以上の高層マンション」だけでです。

今、こういう状況があるのに、実質的に横浜市役所が主導して、これからJR東神奈川駅からさらに湾岸へ行った埋地に49建てのマンションを3本。横浜駅西口にも14〜43階が住居=390戸という44階建ての建物を造り、綱島には28階建て=240戸のマンションが計画されています。横浜市役所が主導する超デカイ物件だけでこんな感じですから、中小のマンションやらオペンホセ的新築物件は目白押し。どこかで槌音が響いています。

横浜市建築局のwebサイトにも「平成25(2013)年10月1日現在の横浜市の総住宅数は1,764,900戸、うち居住世帯のある住宅数は1,580,900戸となっており、戸数の面では十分供給されていると言えます。」とあるし、一切、市内の空き家の数は現時点でおよそ 1 万 6000戸。もちろんどんどん増加傾向です。

情報産業を中心にライフスタイルが職住一体型になれば、がぜん東京が有利です。仕事場まで徒歩10分の港区に住んだ方が1時間以上も電車に揺られていなければならないところに住んでいるより効率的です。

その東京で空き家率は11.1%の上に、これから完成する「20階建て以上の高層マンション」だけで5万戸。

ヨコハマは、水が漏れ出しているダムに一方で穴を開け続けているのではないか…

東京に匹敵する産業的なポテンシャルを呼び込めるなら別ですが、地元ヨコハマにその力量はないでしょう。もし、呼びこめても、それで工業生産型の多くの人々の雇用を創生できるわけでもないはずです。

ダッチ・ロールだな。これで平穏に済むはずはありません。

横浜駅西口に予定されている44階=14〜43階が住居=390戸という建物は「外国人向け住宅」を謳っているようですが、どこからその外国人が湧いてくるのか…

もしも「みなとみらい地区にアップルを誘致するから」が、その理由だったとしたら笑止と言わざるを得ません。

アマチュア礼賛

丹念な技能で伝説となったお店。その看板を使ってビジネスを展開する…あるいはショッピングモールに出店する。
そこで、このお店にとってノイジーなのは「担当者という素人」なんでしょうね。
人事異動のある組織は専門人材を育てませんし、組織は素人をシステムやマニュアルで補完するという方法で(「人材育成」というコストをカットして)集約的なものです。

そして、素人であるところの担当者は、無邪気に技能職の仕込みのルーティーンなどを破壊していく…

素人は言語化も数値化もできないデータには弱いですからね。

玄人は伝説になった店主だけで、目が届かなくってそういう患部を見落とすんでしょう。そして、手の施しようはなくなる。

僕らは工業生産時代を信じすぎて、ちょっとアマチュアを礼賛しすぎちゃいましたね。

どうやって、この災禍から身を守るか

1944年11月下旬といえば、あと9ヶ月ほどで敗戦という時期です。もう敗色は濃厚ですし、戦艦大和型の大型戦艦を空母に設計変更しても、海上に大きな練習用の「的」を浮かべるようなものだったでしょう。もう日本近海を米潜水艦がうようよしていました。
事実、この戦艦(空母 信濃)は未完成のまま、一回の実戦経験もなく、回航中のところ潮岬沖48Kmのところで、一隻のアメリカ軍潜水艦の魚雷攻撃を受けて沈没します。

もちろん、犠牲になった方はおられます。

戦艦大和の三番艦ですから安い買い物ではありません。たくさんの税金や公債費など国民のお金が使われています。現在を生きる僕らはなぜ、この時期に建造を続けたのかと思います。でも、事実、建造は続けられたのです。考えてみれば戦艦大和だって、飛行機を中心とした機動作戦で大成功を収めた真珠湾攻撃の後の就役です。

うすうすダメだとは思っているが、いろいろな「しがらみ」があって止められない…その「止めらない」理由のためにいたずらな楽観論に走る…果ては「神風」が吹いて一発逆転です。

今も、その体質は変わっていないでしょう。これからJR東神奈川駅の先の埋め地に49階建てのタワーマンション3本と聞くと、そうやってヨコハマを諦めたくなります。

さて…

どうやって、この災禍から身を守るか。やっぱり疎開でしょうか。

じっと手を見る、です。

物語が崩れていく

物語が崩れていく…

各地に今も続く再開発な「ショッピング・モールという物語」にも限界が近づいているように思います。

例えばDONQさんのパン。何がどうしたのか…
神戸発祥の頃は知りませんが、まだまだ個人店ぽかった青山のお店の頃は遠い昔です。ぶん、モールへの出店によるテナント料なりロイヤリティなどが、まかないきれなくなってきているんじゃないでしょうか(パリからの初出店でも不動産経費の負担を嫌気して「ショッピング・モールを避ける」という判断をするお店もあります)。他にライバルがいなければいいんですが、今はパリの名店で修行された方が、ふっと街角に出店される時代です。技能でつくった看板をマスプロ化し、量販化したことも限界にきているのでしょう。あれだけの店舗を健康に動かす職人さんを育てることはやっぱり難しかったんだと思います(そういう意味では、茅乃舎さんなどにも嫌な予感貸します)。

いずれにせよ。こうもインフレが進むと「食」の分野だけでなく「物販」だってテナント料やロイヤリティは負担でしょう。店頭で品定めだけして、実際の購入は「無店舗のネット通販から」という時代です。メーカーにしても「無店舗」に卸した方が「卸値を叩かれなくて済む」のかもしれませんしね。

そして、コンビニは追撃してくる…廉価版と「ちょっと高級」とサンドイッチにしても二刀流ですし、彼らにはそのゆとりもあるでしょう。

共益床がたくさんあって、ストリートファニチャーなんかが豊かなところほど、テナント料なりロイヤリティは割高なはずですから、そういところから綻ろんでいくでしょう。

東京オリンピックまではインフレにふらないと予算が出ないはずですから、当分、状況が好転することはないでしょう。
これから造って、これから帳尻を合わせななければならないショッピング・モールは、1942年に就役し巨漢としては活躍することもなく1945年には撃沈された「戦艦大和」をつくっているようなことになるんだと思います。

でも「じゃぁ、中止」ということにはならない…

少子高齢化なのにタワーマンションがにょきにょきというのも同じことです。仮に中国の投資家が(部屋を)買ってくれても人は住みませんからね。
大都市都心は大変なことになると思います。