かつてのカウンター・カルチャー

カウンター・カルチャー…辞書には「ある社会に支配的にみられる文化に対し,その社会の一部の人々を担い手として,支配的な文化に敵対するような文化。敵対文化」とあります。ややもすると「逆らう」がファッションです。

カウンター・カルチャーって、工業生産で富国しようとする政府が子どもたちを公的な学校教育で粒ぞろいの部品に仕立てようとしていくとき、その子どもたちの自然な命が、その風潮に争って顕在化していくのかなと思います。命の叫びですから、それは理性的なものではなく、衝動的なもの。故に、何に逆らっているのか、誰に逆らっているのか、どうして逆らっているのかも判らず、だんだん粗暴になっていく…それが自然な流れなのだと思います。

つまりカウンター・カルチャーって成就する中身もないのだろうし、一方で衝動的になりきれない(理性を消し込むこともまた不可能である)人間としてはだんだん虚しくもなっていくでしょう。

そうしたことから、三田誠広さんの「僕って何」ではないですが、私に帰っていこうとする向きもあるのでしょうが、衝動的なレジストだったから故に「学校教育で粒ぞろいの部品に仕立てよう」には実は無抵抗。気が付いたときには、平板で規格品的な部品としての自分しかなく、ほとんど個性は残っていなかったというオチまでついてしまうのが常でしょう。

カウンター・カルチャーしか知らない人たちは、これからどうしていくのかな。工業生産時代の申し子なのだからたくさんいらっしゃるはずです。

しかも標準世帯時代な彼らは多くの場合、子育てもしている。彼らの遺伝子は彼らの息子や孫に受け継がれてもいるはずです。

でも、彼らの息子や孫が、彼らの親世代にカウンター・カルチャーすれば違ってくるかな。

街かどには、そういう兆しも見えなくもないかもしれません。たんに複写機ではない自分を持っている、そんな「私」を持っている若者が、ふっと自分らしく生きているなら、彼らは、かつてのカウンター・カルチャーとは無縁の人々です。

あの日に

市や高々九年しか勤めない余所住まいの教員組織に、何十年間も住民に強い愛着を与え続けた建物の改築を決める権限が生じるのか、私には理解できない。
〈中 略〉
震災で圧死した妹の棺が一週間安置されていた部屋がどう改築されたのか、改築後の校舎を再訪してみる勇気が私にはない。

松原隆一郎さんの著作「失われた景観 戦後日本が築いたもの」の「あとがき」に書かれていた、このふたつのフレーズが
ぐさりと刺さりました。つまり、紹介させていただいた短文は、圧死された妹さんの亡骸が安置されていた学校の校舎が取り壊されて、改築されるということに関しての松原さんの思いを語られたものです。

表題が示すとおり、日本の景観政策についての苦言と提言がいくつか掲げられている本ですし、そういった意味でもたいへん貴重な本なんですが、僕にとっては「あとがき」の印象があまりにも強く…
「高々(たかだか)九年」とおっしゃってしまう著者の気持ちも、また「余所(よそ)住まい」とわざわざ「余所」と表記されるところなども

察して余りあるというか…案外、こういうことについて他人事(ひとごと)なのではないかと
少し申し訳ない気分になりました。

妹さんはあの日にいた。そんな神戸出身の方の本です。

松原隆一郎 著 「失われた景観 戦後日本が築いたもの」
PHP研究所 刊(PHP新書)

2002年の11月の発売ですからブックオフとかを探していただいた方がいいかもしれません。

教科書なんてなかったはず

結局、僕は「ただいま」「お帰りなさい」と言い合えるような「場所」をつくりたいんだと思います。コミュニティな壁が高いんじゃなくて、風通しがいいやつ。出入り自由。常連が壁にならないような空間…

一見、難しそうですが、できなかないんです。

何度か、書かせているように僕の母系は、ひいばあちゃんがつくった非血縁家族の大所帯です。でも、そのなかに生まれてみると、非血縁な集合体だなんて思ったことはありません。なにしろ、僕の人生上「最も尊敬する人物のひとり」であるところのひいばあちゃんと僕も血がつながっておらず、しかも、それを知ったのは、ここ最近のことです。

僕だけではありません。昭和3年生まれの叔母(この叔母とも血縁関係にはありません)。で、この叔母がつくづく、うちのひいばあちゃんを、ほんとうに自分のおばあちゃんなんだろうと、ずっとそう思っていたというのです。
うちの冠婚葬祭には、こんな人ばっかりが参加しています。誰とも血がつながってないに等しいような…でも、子どもの頃の僕は、どうして、うちには、こんなにたくさん伯父さん、伯母さんがいるんだろうと、そう思っていたくらいで、他人とは思ったこともないのです。

(でもベタベタはしてないな。永のご無沙汰な人は永のご無沙汰だし、何より社交辞令的な気遣いがないな)

ちなみに、うちのオヤジの病のためにとオフクロが電撃引っ越しをしたマンションの鍵を、前出の叔母はフツウに持っていて、たまに僕が顔を出すと、その叔母だけがいて、お茶を飲んでいたりもしました。で、僕も、お茶を入れてもらったりして、世間話をしたりしている…核家族的なところから考えると違和感のある構図ですが、僕には、ちっとも不思議ではありません。今は、しっかり非血縁だということを知っていますが、そういうことで、こういう関係は変わるもんではないのです。

あかの他人が夫婦になれるのだから、非血縁が家族になるのも可能なんじゃないか。「実際、うちはそうだし」と思います。

(ご町内の全ての人とも親戚ぐらいの距離感だったと思っています)

そして、こういう関係を産み出したのは、命の遣り取りであり、命の貸し借りです。叔父や叔母たちの話しを聞いているとそうです。たぶん、趣味のサークルとか、マンションの管理組合みたいなところからは、こういう関係は生まれません。
でも、幸か不幸か、わが国は、また「命の貸し借り」をしなければ生きていけないような状態になってきました。少なくとも、高度成長期から80年代末のバブルの頃までは、そうしたことをしなくても生きていけたので、わが家のような非血縁家族は生まれなくなったし、廃れてしまったのでしょう。でも時代の状況としては、また、それが必要されるような感じになってきています。

一端、止めちゃいましたから、スーっとはいかないでしょう。でも、再び、そうなることは不可能ではありません。

僕にとっては全て手探りですが、ひいばあちゃんだって、そうだったはずです。
明治の末に女だてらにヨコハマで一人。教科書なんてなかったはずですから。

みんなが中流

安倍さんの経済政策をその気にしちゃう人と、そうでない人。
振り込め詐欺の被害に遭う人と、そうでない人。

そんなことでも二極化は進んでいくんでしょうね。

お役所を信じ、会社を信じていれば「みんなが中流」といった時代は終わりです。

四代の物語

平岡家は今でいう加古川市の在…粗末な家に住む貧農だったそうです。
平岡公威、後の三島由紀夫さんの曾祖父=太吉の代になって、彼が禁猟になっていた鶴を射たことから「所払い」になり(つまり、江戸時代の話です)、彼は塩田の人夫になります。そして苦労の末、貸金業で成功する。でも、まぁやっぱり、あこぎな金貸しだったようです。

彼の息子=三島氏の祖父=定太郎は、父上の資金力もあって、今の神戸大学、二松学舎、早稲田大学、東京大学と勉強を重ねてキャリア官僚として内務省に入省します。
これは僕の推測ですが、彼が加古川を離れ、最終的に東京の役所を目指したのは、父親=太吉には「いんぎんな金貸し」というイメージが定着していたということに拠るのではないかと思っています。やっぱり居ずらかったんでしょう…お役人を目指したのも、そうした世間の目があって「公」な出世が欲しかったんだと思います。武家から妻を迎えていることからも、そうした上昇志向が見て取れるように思います。

いずれにせよ、定太郎さんは福島県知事から樺太庁長官になります。しかし、政界がらみというか、政友会のために金をつくってやろうとして無罪にはなったけれど、汚職の嫌疑をかけられ、長官を辞職していますし、当時の中国大陸でアヘンの売買に手を出していたという話しもあります(これも政友会の資金づくりのために)。

そして定太郎の息子、三島さんの父上である梓は、開成中学、二浪して一高から東大。キャリア官僚になりますが、希望の大蔵省に入れなかったせいか「仕事熱心でないこと」で有名だったようです。ただ、息子を官僚にすることには熱心で、文学部志望だった三島氏を法学部志望に変えさせ、実際、彼を大蔵官僚にしまします(もちろん、キャリア)。

この四代の物語をどう読みましょう。

きょうの「ゴロウ・デラックス」(TBSテレビ)でも、ゲストの岩下尚史さんと稲垣さんが三島文学のテーマは、常に「死であった」と語っていらっしゃいました。三島から数えて4代前の太吉は何を思って金貸しになったのか。祖父=定太郎氏は、キャリア官僚なのに、なぜ、危ない橋を渡ってまで政党に資金を提供しようとしたのか。三島氏の父上は、なぜ虚弱な三島氏を無理に大蔵官僚にしようとしたのか…

全ては、太吉が鶴を射なければ、
そして加古川の「世間」が彼を所払いにしなければ、始まらなかった物語なのかもしれません。

僕らは三島由紀夫さんから大きな所産を与えてもらいましたが、彼は幸せだったのかな。

(彼の父上もおじいちゃんも、ひいおじいちゃんも…)

きょうの「ゴロウ・デラックス」を観ながら、ふっと、そんなことを思いました。

そもそもは「ドラムは(電気楽器じゃないから)いいがエレキベースはダメ」という制約があった公立のホール(当時)との交渉役になったのが始まりでした。以来、もう30年近く、お役人とつきあってきて、たまには、まさに「公のため」に心血注いで働く、お役人の鑑のような人に出会うことがあります。でも、そういう人に限って役所の中では変わり者とされ、煙たがられています。つまり、お役所とはそういうところです。

地磁気逆転

仕事に行く、つまり「お金を稼ぐ」処は「都心」で、その稼いだお金を消費する(デパートで買い物をする/食事をする、映画を見るとか)のも「都心」。そんな感じが「これまで」でした。

でもね。

集団生産なマニュアル・レーバーと違って、知価(情報)生産は、郊外の住宅地に居ながらでもお金を稼ぐことができるし、金太郎飴みたいな再開発地より「緑」という表情を持つ郊外の方が、知価(情報)生産に適した「時間」が得やすいし、そこに個人店が集積していれば、スタッフの入れ替わりが激しい再開発地の店舗は、知価(情報)生産にとって、ほぼ無価値です。
そもそも再開発によって地価を上昇させてしまった都心には、刺激が受けられるような個人店の出店は難しく、郊外とまではいえないにしても都心を外れた場末に集まりやすく、その街はたいていが威圧感のない低層な街です。

「みんな」でいる安心感を優先し、ある種の「お作法」を強要されても「マジョリティ」が集まっていそうな場所に安心する。そういう人々は巨大な建築物に彩られた空間を好むし、メジャーに話題になっているエンターテイメントを追体験することを希求するようです。

でも、そういう人は故に、集団生産なマニュアル・レーバーにこそ適している。つまり工業生産時代の人です。

だからこそ、かつての都心の役割を、これからの時代は「郊外」が担うようになるのかもしれません。

いい悪いは別にして、たぶん会社に行かなくても済む人が、より稼ぐようになるのでしょう。知価(情報)生産者にしても情報としての「本」ならアマゾンの宅配だし、刺激を受けるために通う本屋さんは都心にはありません(都心が寂れてしまった後なら別ですが)。

少なくとも「都心」は、お金を稼ぎだす処ではなくなるんだろうな。

地球の南北は、過去360万年の間に11回は逆転し、最後の磁気逆転の時期は約77万年前とされているそうです。僕らにも不動のものに思える「南北」がくるっと回転して逆転してしまうこともある(=地磁気逆転)…

僕は、近く、都心と郊外の間に、そんな変化が起こるような気がしてなりません。

ただ、「都心が働く場所で郊外が住む場所」が「郊外が働く場所で都心が住む場所」という変化ではなく、知価(情報)生産な人は「郊外」に、マニュアル・レーバーで集団生産な人は「都心」にという変化で、「地磁気逆転」的な変化は「お金を稼ぐ」ということに関して起こるのでしょう。

故に横浜市がまず明確にすべきはミナトから郊外へのパラダイム・シフトかな。もう重厚長大産業が主役でもなく、役所には土建が群がるほどのお金もありません(70年代後半からの長い年月に渡って、すでに食い尽くしてしまいました)からデカい建物もつくれませんし…

話題のappleが港北区に進出というだけでなく、知価(情報)生産な優良企業がいくつも進出しているのが都筑・青葉・港北・緑などの北部四区。

もう 自然に水の流れは川になりはじめているわけですから。