という筋立て

明らかに長島さんよりは伊藤さんの方が横浜市政に経験があり、描く施策の「質」についても伊藤さんの方が上です(しかも対立はしていない)。長島さん政治学と映像研究で修士の学位をお持ちですが、だからといって地方自治における公共政策にお詳しいわけではないだろうし、逗子市の首町さんの経験から政令指定都市の首町さんを類推できるわけでもなく、また、できると思っておられるなら、それは大きな思い違いといわざるをえません。

横浜市や横浜市民のことを考え、現職の「もう一期」を阻止したいなら、伊藤さんに譲って長島さんは立候補を辞退すべきだったでしょう。
故に、長島さんの立候補は、ご自分の都合に拠る…と考えた方が素直かな。長島さんのHPを拝見してもご自分が好きそうですし、正義だとしても我田引水な正義かな。

たぶん、現職をフラフラなままにリングに上げて、彼女のセコンドを含めて「完膚なきまでに」を目論んでいる人がいるんでしょう。
長島さんのことは、そういう人がいて、そういう人の意向でいち早く立候補を表明し、いい候補が出てきても予定通りに立候補という筋立てで考えるべきなのかなと思います。

真剣な検討課題

人件費が高騰してくればマスな工業の生産現場は海外に流出し、流出した工業生産が海外の発展途上国を富ませれば、その国でも人件費は高騰し、また教育水準も上がるから、僕らの労働市場は単純なマニュアル・レーバーだけでなく、全般に渡って国際的な競争に晒されるようになる…

好むと好まざるとにかかわらず、「今まで」な就労を続けていくのは困難…なわけです。

でも、これが自然な流れです。意図的に「こうしたい」と願った人は誰もいないわけですが、良かれと思ってやったことが招いた弊害。誰だってお給料は上がった方がいいと思うでしょうし、純粋に政府や会社の誘導に従っただけです。

でもね。

わが国が人件費が高い1億人の工場なら、インドは、わが国よりはるかに人件費の安い13億人規模の工場です。勝ち目はありません。

しかも、彼らの政府は福祉政策に無頓着に来たので、国民の海外流出は古くから続き、彼らはすでに華僑のような印僑ともいわれる国際的なネットワークを持ち、労働市場の国際化にもある程度の耐性を持っています。こんな時代になればそれも強みでしょう。

さて、僕ら。

政府にトランプさんのような政策を要求しても無駄でしょう。これからのアメリカ合衆国を見ていれば判ると思います。なにしろ「マスな工業の生産現場は海外に流出し、労働市場は単純なマニュアル・レーバーだけでなく、全般に渡って国際的な競争に晒されるようになる」で生成りなのです。

まずできることは知価(情報)生産力のある、その可能性のある個人という芽を摘んでしまわないことでしょう。彼らにまで「フツウ」を強要すれば、この国は将来を見失います。

そして「これまで」を支え、でも「これから」への転換が効かない多くの人々の「暮らし」をどうしていくのか、国家の課題として真剣に回答を出していくことです。

税金で大規模な建築物や土木工事の発注を出すことで多くの人々に就業の場を提供する時代ではなくなりました。こうした施策は知価(情報)生産力を育てるわけでもなく、労働市場の国際化抑止にも無力です。

ベイシック・インカム 真剣な検討課題です。もしかしたら安寧の礎なのかもしれません。

気の毒だなぁとは思いますけれど

これはまだ、仮説も仮設、ド仮説だけれど…たぶん
しがらみも養っていかなければならい家族もいないのに、今、こんな時代にあって、ごくごく一般的な会社員や公務員として就職を考えている若者がいるとしたら、もうそれだけで、彼らの将来は暗澹としたものなのではないか…

最近、そう思うようになりました。

大学生でも、オール4的な優秀さを持つ子ほど、学校の勉強はそこそこできても、街で遊んだ経験はおろか、読書量も極端に少なく、もちろん知識もない。街場の高校で80点は取れたかもしれないけれど、素数が身についているわけでもなく、かといって世情にも疎い、アートやデザインについての知識もほとんどない…

できることは課題をこなすこと。それも検索エンジンを当たってコピペすることしかできない。創造性や独創性は皆無なのです。コミュニケーション能力も高くはなく、あったとしても均質なクラスメイトのLINEの中に閉じたもの…薄皮一枚外側の「異質」とは上手くやっていくことができないのです。

彼らがAIに勝てるわけがない。

彼らは大学と高校の勉強の質的な違いもよく解ってはおらず、それ故に会社も課題を出してくれるものと思っているでしょう(それが「課題」という名称では呼ばれないと思っているだけで)。

もちろん、興味深い子はいます。でも、いても5%未満でしょう。
ただ、その5%とAIで生産活動が可能になってしまうのがこれからです。いわゆるスマート農業になると、その「農業」でさえ数人でまかなえるようになるし、現在の農業技術でも数人の家族や仲間だけで食っていくレベルが確保できる「核農家」が成立し始めているのが現状です。

近く、これまで一般的だった会社員や公務員という働き方は絶滅するでしょう。

そのとき、彼らはどうするのかな。そのときになって脱サラを目指しても、やっぱり見本を探して、それをコピーしようとしちゃうのかな。それならAIにはかなわないのだけれど…

でも、これから、自分の中に根付いてしまった学習態度みたいなものをアジャストしていくのはなかなか難しいでしょう。
気の毒だなぁとは思いますけれど…

過ぎたるは

北海道夕張市出身の建設官僚、高秀秀信が横浜市長に就いたのは前述したように(すいません、この「前述」については省略させていただきます)90年。83年に着手した「みなとみらい21」の土地区画整理事業は対象面積が92年から約96ヘクタールに拡大(現在約102ヘクタール)され、商業ビル・道路・地下鉄などの建設・整備が急ピッチで進んだ。
高秀は、自民党最大派閥・経世会が後押ししていたこともあり、梶山静六や小此木(彦三郎)との繋がりを持っていた。一方、菅は横浜市議一回生ながら「当選一回も二回も市議団の一員としては同じ資格のはずだ。団長や議長候補を決める際に、我々の意見を聞いてほしい」と物怖じせず発言するなど、市議会でも際立つ存在だった。小此木は高秀に、「人事でわからないことがあったら菅に相談してください」と助言し、高秀自身も市の力関係、人事を知り尽くした菅を頼りにした。当時、自民市議らがやらなかった市幹部らとの朝食会なども菅が常態化し、高秀との連携も密になる。菅は市議二期目途中から「影の市長」と囁かれるような存在になっていた。

松田賢弥 著
「影の権力者 内閣官房長官菅義偉」(講談社刊 2016年)から

たぶん経世会が横浜市政に招いた北海道生まれ、北海道大学卒の建設事務次官が「横浜村の機微」など知ろうはずもなく、「市幹部らとの朝食会など」にも熱心で、故に「市の力関係、人事を知り尽くした」官房長官が市政の実質をコントロールしていただろうことは想像に難くありません。この後、官房長官の独裁に嫌気した横浜市郊外区の住民が中田宏市長を実現して、この体制にレジストしますが、彼もまた「横浜村の機微」に通じていたわけではなく、彼が重用した市役所内の反対勢力の横暴さというか不器用さもあって、スキャンダルを仕掛けられたり、中心的なスタッフのたて続けの「死」も重なって、彼は辞職。その後は絵に描いたような報復人事と政策転換(例えば中田市政の基本姿勢の一端を示す「協働」という言葉が、市役所の中では次々と「共創」に置き換えられていったり)で現況に至るというわけです。

満州からの引揚者の息子、故に苦労して一流とは言い難い大学を卒業しただけの官房長官が、なぜ、今日の地位を築けたか…
それは役所の人事を握ること。さほど優秀でもない「フツウのお役人」に目をかけて、自身は裸の王様の側について「フツウのお役人」を地位に就けてしまうことで行政を牛耳るというスタイルを発明したことに拠ります。

でも、官房長官は政令指定都市と雖も一地方都市である横浜市と、この国の政府の質的な違いが読めていなかった…

政府はね、横浜市役所のようにはチョロくはなかったというわけです。もちろん国政は耳目を集めやすい。近頃はマスコミの目だけじゃなく、インデペンデントなジャーナリストだってSNSやYouTubeを背景に元気です。

それにね。やっぱり知識と経験が要求される…なにしろ国政ですからね。

横浜あたりでなら、加計さんみたいな巨悪も出てこないし、出てきたとしても「地方版」の出来事。握りつぶそうと思って潰せないものでもないんでしょう。議員さんやマスコミのうるささも違います。

たぶん「加計さん」という存在は安倍さんとその取り巻きの中での出来事で、官房長官が直接的な利害関係者ではなく、王様に気を遣って「申し開き」に終始したただけなのだと思います。

そのあたりが哀しさですね。

秋田から出てきた引き揚げ者の子が政令指定都市の市会議員になっただけで充分だったのに。

絵に描いたような「過ぎたるは猶及ばざるが如し」という一席でした。

横浜市長選 三人目の候補者

たぶんね。新庁舎移転にストップをかけたりしたらスキャンダルを仕掛けられるのだろうし、横浜市役所のお役人も動かなくなるのでしょう。少なくとも、最初はおっとり刀で臨んだ方がいい。逆に理屈で「正しい」を論拠に切り込むのだけはやめた方がいい。3期の市議経験があろうとも、それは民進党の若手としてのもの。市役所の動かし方は解っているとは思わない方がいいと思います(伊藤さん、まだ39歳ですし)。小池さんのような圧倒的な世論の支持を呼び込めればいいのですが、現況のヨコハマで、それは難しいでしょう。

横浜市民も、抜本的なことを望まないことです。ここまでを無関心に過ごしてきて、故に動き出してしまっていることに拠る災禍については、その責任をとるべきなんでしょう。

そうしたことを前提に「これから」の横浜市政を再構築していく…

そういった意味で、横浜市長(選挙)に名乗りを上げている三人のうち、伊藤大貴さんの掲げる政策が最も的を射ているし、故に問題点も見えているのだと思います。

伊藤大貴さんのHP 市長に立候補するにあたっての政策要項もあります。→ http://www.hiro-chan.net/

長島さんの場合は「カジノにNO」以外については横浜市政に興味がるあるとも思えず、伊藤大貴さんの政策概要を拝読してみると、長島さんの知識が部分的なものに止まるし、特筆的に公共政策に興味があるようにも見えない…ということが、さらに明白になったかな。そして、現職は「クルマを売る」の専門家です。

なにしろ現職は横浜市民の7割以上に無視された市長です。つまり、それだけの低投票率でつまり固定票での当選。数パーセント、投票率が上がるだけで落選される可能性があります。もとより、絵に描いたような「傀儡」の現職を「そのまま」にすることは横浜市民にとって何のメリットもないでしょう。だから、長島さんと伊藤大貴さんについて真剣に情報をあたり、自分の判断を決めておいた方がいいのだと思います。

(もちろん「面倒臭い」「わからない」から投票にはいかないは愚の骨頂です)

判断基準になるのは、公共政策への興味と知識。実際にはとっくに「海から丘へ」とパラダイムシフトが起こっているヨコハマの変化が念頭にあるかどうか。それに「公の市長」を目指そうとしているのか、「自分の売り出し」に積極的なだけなのかどうか…

判断のポイントはそんなところでしょうか。

横浜市民は、すでに「不時着」に備える段階に入っています。でも、だからこそ命懸け。80年代のように「なんとかなるんだろう」で投票権を放棄すべきではありません。

文化は残る

国家とは無縁の風土としての「日本」が育んだ文化。これは、この国の風土と切り離すことができない。経済の有り様によって国内にスポンサーを失うことはあっても「文化」そのもの命脈が断たれることは稀であるといえます(ただし、長く続く戦乱はそれを断つこともあります)。

16世紀以降を大きな内乱もなく過ごしてきたわが国は、ロウカルチャー、つまり庶民的な生活文化に世界に冠たる「豊かさ」を持っています。

これがビジネスという規模で経済成長を支えるものになるとは思えませんが、庶民たる個々人の生活の糧になる可能性は大いにあります。

ヘア・デザイン、珈琲の焙煎、フランス菓子などなど、いわゆる「日本文化」として僕らがイメージする浮世絵や茶道や能楽、歌舞伎などより、舶来から日本化し海外からは色濃く「日本らしい美学」を投影するものとして評価されるものにこそ、庶民にとっては「活路」になるでしょう。

個々人として、何らかの芸を磨き、インターネットなども駆使して海外にも市場を拓く…

世界に打って出れるのは「ラーメン」だけではありません。もっと広範に未開拓の分野がたくさんあります。だから、どこの会社に希望を見出すのかではなく、自分の中にある「日本性」にこそ注目すべきなのです。

この方向に舟を出せば、必ず海路の日和があるはずです。

近未来の実像を見据えた上で

無理して2020年に東京オリンピックを行う。もちろん、それは本来は福祉や災害復興に使われるべき国費が投入されての行い。立派な競技場を目の前に、被災地は荒廃し、高齢者の介護にも子育てにも「行政」からの支援はない。

原発事故の廃炉作業の停滞だけでなく、健康被害なども表面化してくる。無計画に一斉に走り始めている再開発計画は各地で共倒れになり、アスベスト被害による中皮腫なども全国で顕在化するようになる。

80年代末のバブル経済崩壊の後遺症でコインパーキングだらけになった市街地はそのまま、東京でも空き家は増え続け、大都市圏でも都心を離れれば「買い物」困難地域に。もちろん「郊外をや」つまり「電鉄開発」というビジネスモデルは崩壊する。タワーマンションも高い確率で廃墟だ。過当競争と補修負担が、この摩天楼を「バベルの塔」にしていく。

リーマンショックは大企業でさえブラック企業のような少人数での対応を就業者に強い、企業の生産力は落ちている。13億人という人口を抱える中国やインドに大量生産ではかなわない。人件費は高いのに日本の国民は1億人しかいないのだ。しかも減り始めている。

こういう国に国際的な投資を呼び込むのは難しく、国内の資本も海外に転戦していく…それなのに「成長戦略」かぁ。

僕には「騙り」や「詐欺」のように思えます。

ホントは、こういう近未来の実像を見据えた上で、そこかからリアリティのある希望を見出さなくてはならいのに。

僕らはどんな時代にも生きていかなくてはなりません。だから夢を見ているわけにはいかないのです。怖くたって目を開けて前を見なければ…

座して死を待ちますか

現職の林文子市長は官房長官の傀儡であり、横浜市のお役人の木偶でしょう。立派な経歴もクルマのセールスウーマンとしてのそれであり、そのマネージャーたる経験と役職に拠るもの。何冊かの著作をお持ちですが、公共政策についての知識を豊富にお持ちの方とは思えませんし、お役人と渡り合ってきた経験は横浜市長になるまで皆無。たぶん、お役人が実質を仕切って、そのお飾りになっているのでしょう。それ故に、小池さんに、オリンピックのバレーボール会場誘致の際に「お立場がある」と同情され、森さんに「横浜市のお役人としては歓迎しない」と直接、書類を回されちゃうのでしょう。

先頃、立候補を表明されましたが、その前にヨコハマで「林文子を推薦する会」を主催されたのは官房長官でした(官房長官は横浜市役所の人事を掌握しているといわれています)。

一方、すでに立候補を表明している長島一由さんは元衆議院議員で元逗子市長ですが、元フジテレビの記者さんでディレクター。最近、大学院に学ばれていたようですが、それも映像研究科映画専攻。こちらも何冊かの著作をお持ちですが、ビジネスなサクセス・ストーリーな感じで、愚直な福祉の人という感じはしません。特技はウィンド・サーフィンだそうです。
逗子市時代の実績も「市井の透明化」「効率化」を強調され、衆議院議員時代は「仕分け人」だったと述べられています。具体的な公共政策(例えば保育施設を増設したとか)についての報告はありません。しかも、経歴からして伏魔殿な政令指定都市のお役人をマネージメンとしていく能力に実績があるとはいえません。

かのウィンストン・チャーチル卿の格言を思い出します。

「選挙に出たいやつなんて『ろくでなし』しかいない。金儲けしたい奴か目立ちたがりばかり。まっとうに生きている奴は選挙になんか出ない」

たぶん、どちらが市長さんになられても、ヨコハマの命運は尽きているのでしょう。

でも、誰も適任者がいないから棄権ではなく、よりダメじゃない方を選んで選挙には行くべきなんでしょう。傀儡で木偶を選ぶのか。ナルシストなコスト・カッターを選ぶのか。たぶん、どちらを選んでも福祉はダメです。長島一由さんは小さい者に優しくないし、感動ポルノな感じもあります。林さんはもともとクルマのセールス・ウーマン、公共政策については「術語、用語」からして不安でしょう。

さて、もう一つ、ウィンストン・チャーチル卿の格言を

「選挙とは、今の世の中の現状でロクでもない候補者たちの中から、誰に税金を分配させたら、一番マシかを消去法で選ぶ行為のことだ。要するに、そもそも選挙とは忍耐である」

投票には行かなきゃダメだ。投票率が低いままだと、ずっと実像は「少数」なのに、それが「多数」を代表しているような顔をして独裁を貫くことができる。
横浜市長選挙だって前回の投票率は29%強。横浜市民の7割が無視した市長が権力者とお役人の言いなりで、税金を使い放題だし、都市計画の決定もできる…僕らは、僕らの税金で豪華な横浜市役所を造り、この街の都心を空洞化させる…そんな間抜けな結果を生む。

座して死を待ちますか っていう話しでもあります。

消去法でも十分。さぁ、この夏は投票に行きましょう。