そういう時代のそういう社会

逆に柳井は「守り」や「安定」を絶対に許さない。かつて好んで口にしていた言葉がある。

「泳げない者は沈めばいい」

象徴的なのが05年7月に発表した社長更迭劇。02年に社長職を譲った日本IBM出身の玉塚元一(50、現ローソン副社長)を、わずか3年で更迭、自ら社長に返り咲いた。

日本経済新聞 web版  2012年9月3日 15時40分付

文中の「柳井」っていうのは、もちろんユニクロの会長兼社長=柳内正さんです。この記事で、日経は「泳げない者は沈めばいい」を「いかがなものか」といった論調で書いていたわけではありません。むしろ「この強さがいいんだ」という感じでした。
今はかの「週刊文春」が売り場に記者を潜入させてのキャンペーンを張っています。こちらは「いかがなものか」どころか「糾弾」の論調ですが、やはり世間は動きません。

あの時も、世間は日経の論調にことさらに眉をひそめる感じはありませんでした。

(ネットの中では、少しだけ騒ぎになりましたが)

僕らは、今、そういう時代のそういう社会に生きているんだろうと思います。

「二極化する」というより

今「量的な評価」な時代の全盛期が終わって「質的な評価」を重視する時代へと移行していっているところです。従業員〇万人の会社だとか。生産量○万トン、○万食を誇る工場だとか。
そういうことがプレミアになる時代が、街場では「だんだん」、上の方では急速に過去のものになろうとしています。
国の経済力を示す指標も、商品を動かして利益を得るような貿易ではなく、海外への投資や保有する特許の支配力などで量られるようになってきました。先進国ならばこそ、消費額の積み上げであるところのGDPという指標が重視される時代を卒業することが明らかになってきました。

「質的な評価」を重視するのは悪いことではありません。

「統制」が作業効率を高めていくわけではない「知価(情報)生産」時代には、人種や宗教、性差などでの差別こそが非効率になり、遅かれ早かれ、先進国ではダイバー・シティの実現に向け状況が整っていくのでしょう。奪って国土の面積を増やすこと、搾取すべき労働力の有無が国力を表す時代も、同じような理由で、急速に過去のものになっていくはずです。

でも、社会にとっていいことずくめではないのではないか…
「量としての従業員」が、急速に評価されなくなるというのはどうでしょう。

「量としての『人々』」が行き場を失って難民化する…

これで、社会が平和になるのかな。

でも、インターネットがある時代ですから、その変化も、これまでとは比較にならない急速なものになるでしょう。

覆水盆に返らず…
抵抗すれば、さらに混乱を大きくするだけでしょう。トランプさんの政策やUKのEU離脱がそうです。特効薬はありません。

同じ先進国という社会環境の中で「二極化する」というより、マニュアル・レーバーから脱出できなければ、国から国へと流浪する難民になってしまう可能性もあります。

これから始まる変化に、多くの人はまだまだ楽観的ですがホントは正念場です。

人 間

何度か、書かせていただいていますが、僕は「人間」ってイメージの産物だって思っています。

「人間らしさ」っていう脚本を書いて、それを上手く演じようとしている。

そう思っていたら「サバンナの負け犬だったわれわれサピエンスが今の繁栄を築いたのは妄想力のおかげ」と説く「サピエンス全史」(ユヴェル・ノア・ハラリ 邦訳本は河出新社書房から)という本が話題になりました。

サバンナの負け犬…僕らの実像は弱肉強食な「人類」という動物だということなのかもしれません。殺して食べて生きていくし、生存をかけて殺し合いもする。しかも、僕らは「妄想力」に信用を置いている。

オックスフォード辞典が昨年(2016年)の流行語に選んだのが「脱真実(Post-truth)」。真実を伝える記事より、RT(リツイート)ないしは「シェア」される記事のほうがインパクトを持つ…このことは「サバンナの負け犬だったわれわれサピエンスが今の繁栄を築いたのは妄想力のおかげ」に由来するのでしょう。そうでなければトランプ氏がアメリカ合衆国大統領に当選するなんてことも、反知性主義と言われる人々が人々の尊敬を集めることもないのでしょう。

理路整然とした真実の描写より「物語(フィクション)」としての説得力を信頼する…

僕らは普段、理性的な人間を自認していますが
その前に、根は「人類」というケダモノであることを忘れてはいけないのかもしれません。

みんな

うちが「自営」だったからかもしれませんが、わが家では、子どもたちに、この世間を「自分で生きていく」を教えようとしていたように思います。少なくとも「組織に属して生きていく」ための方便ではなかったなと思います。
確かに「世間」とはよろしくやっていくものだが、あくまでも主体は自分にあって「従う」ではない。判断は自分でして、自分で行動する。人生は自分で切り拓くもので「我慢して従え」とか「集団の規律を守れ」ということを教わった記憶はあまりありません。

たぶん、このことで、僕はクラスからは浮き上がるんですが、こういう時代になってみると、その時代にふさわしいライフ・コンセプトを身につけさせてもらった感もあります。

特に母親の家系は、今から100年以上も前の時代に、女性一人ヨコハマを斬り抜けてきたひいばあちゃんが家祖。彼女は関東大震災も第一次大戦後の好景気も昭和恐慌も、上海事変あたりの軍国景気も、その後の空襲被災も、第二次大戦後のハイパーインフレの嵐の中、占領軍が跋扈するヨコハマを生き抜いてきた人。無学、読み書きすらできなかったひいばあちゃんに「就職先」があるはずもなく、秩父から出てきた彼女は一人で生きてく人生哲学を研鑽するしかなかったんでしょう。

そして、このひいばあちゃんが中心にあった「家」に、組織の中で生きていくという概念はなく、自分で切り拓けなければ「ひ弱」とされました。

そもそも「職業に就く」ということを意味する「就職」という言葉が「会社に入る」と同義語になったのは、実は最近のことで、ほんの数十年のことです。それなのに、その「就職」を定番化させてしまうのは、とても危険なこと。勝負は「面接」だけで、あとは、お金の稼ぎ方から、税金の支払いまで「会社に任せる」…それは、終身雇用を政府が指導していた(できていた)極めて稀な時代だけに通用していた方便なのだと思います。

そもそも会社というシールドを失って、風圧を一身に受けながら歩く世間は厳しいものです。

加えて、これからは学歴だけでは生きていけないし、実質的な素養が求められる時代でもあります。労働市場は国際化、もちろんAI(人工知能)もライバル。さらに変わり者が生きにくかった時代が急速に終わり、「フツウ」の価値が失われていく…工業生産時代の優等生は、全く立つ瀬がなくなる可能性大です。

でも、僕はクラスからは浮き上がっていた。つまりイレギュラーだったわけです。「みんな」はどうするのかな…

わが家に先見の明があったわけではありません。ただ一族郎党「自営」だった…ただそれだけです。

それほどに「自営」と「給与で生きる人」は、ライフ・コンセプトからして違う、そのことが「給与で生きる人」に想定できるかどうか。なにしろ、少数派である「自営」と違って、「給与で生きる人」は多数派であり、故に「みんな」ですからね。

哀しいな

「勝ち組」志向って「貧しい家庭」から出てくるんだろうな。だって裕福な家庭に育てば、あえて「臥薪嘗胆して勝ち組に」なんて思わないだろうから。しかも「貧しい家庭」に育てば「勝ち組的ライフスタイル」は想像の産物なんだから、これが「勝ち組のライフスタイル」ですよと誰かの誘い文句にも乗りやすいでしょう。それ故のブランド志向とも言えるのかもしれません。

こういう構図をよく理解し、うまく利用してビジネスしている人もいるんでしょうね。

資 格

人材についても、さらに「質(しつ)」を問うようになるのかな。「量」的な仕事は人工知能でしょうからね。

情報を暗記して試験を受けて、記憶力を確認されて、合格すればプレミアムがつく…みたいな時代は近く終わりになるんでしょう。僕ら工業生産時代の子どもたちには、そのあたりが厳しいところ。そして、そのあたりが最もアジャストが効かないところでしょう。
未だに、解らないことは「教えてくれる」ところを探し、例えばユーキャンに飛び込む、そうしたらガーデニングなんて「個人的な愉しみ」まで型にはめられてガーデニング・コーディネーターなんて資格は取れるかもしれないけれど、肝心な個性は潰されているかもしれないという…

ああ…

二極化は時間とともに激しくなるのでしょう。せっかく弁護士になれても「法律の知識」、その「量」でいく人は仕事にあぶれて、「交渉力」や「政治力」でいける人は、逆にステイタスを駆け上っていく。そんな感じでしょうか。弁護士どうしの潰し合いの煽りを受けて、同じ法曹界の有資格者=司法書士や行政書士などが割りを食うのは言うに及ばず、例えば、宅建取引主任なども、その不動産取引の代理人をするような弁護士が出てきて(不動産売買のエージェント制)、その職を脅かされるのでしょう。

案外、自分の判断に自信がなくて、自信がないから、国家や公的な団体に実力の裏書きを頼みたくなってしまうのが、工業生産時代の子どもたち。でも、試験をする側は個別に人を見て資格を与えているわけではありませんからね。有資格者のアウトプットは、どうしてもステレオタイプになってしまう。

そういうことに無頓着なのも、また工業生産時代の子どもたちです。

有資格者だからこそ、いい庭が創れるなんてことがあるのかぁ。むしろ、無難な庭になっちゃうんじゃないのかな。
だったらネットで調べて、それを参考に自分でやっちゃえばいい…というのが今であり、「これから」です。

そこを越えていけるのは、たぶん「飯より庭が好きな人」ですが、そういう人は数が少ない。でも、たった一人のそういう人がいれば、あとはネットで拡散しちゃえばいい…

それも「これから」です。もう誰も止められないんだから仕方がありません。

協調性ナシ

僕にはね。今こそ「みんな」についていくメリットが感じられないんです。

リーマン・ショック以降、多くの人が激務で、勉強するゆとりはおろか、世の中の変化にだって疎くて、ひたすら会社のデスクと狭い人間関係の中で「日常」をやりくりするのに手一杯。薄々は「AI」「人工知能」の侵略に怯えながらも有効な対抗手段は打てない…時間がないから。下手をすれば「寝る時間」さえない。

でも、僕らが慣れ親しんできたマニュアル・レーバーな時代は近く終わるんです。

そのスジが通ってなければ、アマゾン・ゴーだって、クルマの自動運転だって、こんなにも実用実験には至らないでしょう。現実に、僕らは、運転士さんも車掌さんもいない電車に、無人のホームから乗ってるんです。これが「電車」で終わるわけがない。

ところが時間がない。どうやって対応したらいいのか、その方法も思い浮かばない。最善の選択が「しばし、忘れること」だったり。

たぶん…」これが「みんなの実情」です。

幸いにも、僕には(倒れて以来)「みんな」に比べれば考え、実験する時間があって、個人で自営なので、組織のしがらみもない。故に、一人で情報を仕入れて、自分の適性を確認して、企画を立て、淡々と実験に移せばいいわけです。

つい最近まで、それでも「みんな」というか「世間」を気にしていましたね。「多数決の多数」と言い換えてもいい。何しろ、圧倒的なマイノリティですからね。自分の方が間違っているんじゃないかと疑いたくもなるわけです。

でも「多数決」って「ある意見と同じか、似ている意見を持つ人が過半数より多かった」ということを確認することではあっても、その意見が的確なものかどうかを査証する仕組みにはなっていないわけです。

ああ「みんな」で間違えることもあるわけか。

そうじゃなきゃ、国中を焦土にしてしまうような負け戦に、国を挙げて踏み出すようなこともない…

あの時の国民の多くがアメリカを知らず外国を知らず、大艦巨砲の時代が終わったことを知らず、空爆、焼夷弾の恐ろしさを知らず、ただただ政府を信じて毎日を過ごしていたように…

現在の「みんな」も、あの時と同じように生活に追われ、戦局に疎く、結果的に準備を怠っているのかもしれません。

やっぱり、ついていく気にはなれないな。通知表に「協調性ナシ」って書かれちゃいそうだけど。

イメージとしてのヨコハマ

僕はヨコハマの港近くに育ちました。育った家は、僕で4代目。140年、港近くに暮らす家で、創業者のひいばあちゃんは秩父の人。無一文からの成り上がり。読み書きはできなかった。そして、そういう「家」があったご町内も地方出身の出稼ぎな労働者。確かに外国人は珍しくはありませんでしたが、エスタブリッシュとは程遠い、アメリカ軍人か軍属、アジア系な労働者たちでした。

これが僕の「ヨコハマ・リアル」だったので、もともと「イメージとしてのヨコハマ」には居心地を見出せませんでしたが、さらに80年代から、90年代も半ばを過ぎると加速度的に「イメージとしてのヨコハマ」が増殖し、僕のリアルはどんどんと切り取られ、かき消されていきました。

そして、ついに行き場を失って、僕は埋め地を後にすることにしました。

でも、もともとは溺れ谷を新田化したところの、さらに地先を開港地にした旧都心と、横浜駅東西口周辺の埋め地を離れれば、簡単に「イメージとしてのヨコハマ」は希釈されました。なぜなら「埋め地」とは異なり、旧くからのドライ・ランドには長い歴史のリアルが綴れ織りになっていて、おいそれと「消去して書き換える」などということが(人間には)不可能だったからです。

埋め地は、悲しいかな「地盤」ごと「人工」です。あらかじめ、何もない広大な「平ら」を造って、道から建物から「絵に描いた」通りです。故に短期間での全面的な「書き換え」も可能。高校生の頃、女の子を誘って花火を見に行った倉庫街は、今、立派な高層住宅地です。僕には喪失感がありますが、僕が知っている「倉庫街」もたかだか数十年の街並みでした。

その諸行無常な感じが「埋め地」を離れるだけで、ずいぶん薄まるのです。台地は面的な開発が難しいので「イメージとしてのヨコハマ」が大挙して侵略してくることもありません。「埋め地」に暮らしていた頃には知らなかった自然も豊富です。今、僕が暮らしているのはもちろん横浜市。エッジではありますが郊外とはいえない距離にあるところ。でも「イメージとしてのヨコハマ」に押しつぶされなくて済むような場所です。

10分も歩けば、もとの埋め地。未だに狐につままれているような気がするときもあるのですが、でも「イメージとしてのヨコハマ」から遠く離れて、とても落ち着いて暮らしています。