Urbanization

平日、昼間の街を歩いていて、ごく稀に人の声がすれば、それはディ・サービスに行く高齢者を送り出す人か、帰還する高齢者を出迎えている人の声。それ以外に、滅多に人の声を聞きません。しかも、高齢者たちを送り出している人、出迎えている人も高齢者です。住宅街では、しばしば、腰を折り曲げながら買い物カートを引いて長い坂道を登る老人に出会います。

一方、再開発が産み出した摩天楼の街は、夜にしろ、昼にしろ、たいていの時間がまったくの静寂です。

街が空虚です。

私たちが思い描いた「進歩」の結果が、この空虚です。

私たちは、まだ、この「進歩」を続けるのでしょうか。

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In the present town, people’s voice is rarely heard other than the voice of those who are meeting those who see out the elderly people who goes to day care, and the elderly people who returns.

And those who have seen out elderly people, and those who are meeting are also elderly people.

In the residential street, it often meets the old man who pulls a shopping cart and goes up a long slope, bending the waist.

On the other hand, the town of the skyscraper which redevelopment produced is silence with most entire time.

A town is empty.

the result of “progress” of which we conceived is “empty”.

Do we still continue this “progress”?

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