ステゴサウルス

今の学説ではどうなっているのか判りませんが、僕が子どもの頃、ステゴサウルスは、身体に対して脳が小さく未発達で、尻尾の方が捕食者に食われ始めていても、まだ痛みも、つまり危機感も認識できなかったのでは といわれていました(どなたかの仮説でしょうけれど)。

前の大戦、その敗戦前夜の市井を描写したドキュメントに遭遇するたびに、僕は、このステゴサウルスの話しを思いだします。

1945年の4月20日(つまり、すでに各都市で空襲が激化し、東京の下町は一晩で10万人が亡くなったという大空襲に襲われた後)。当時のジャーナリストで批評家の清沢 洌は日記にこう書き記しています。

沖縄戦が景気がいいというので各方面楽観説続出。株もグッと高い。沖縄の敵が無条件降伏をしたという説を僕も聞き…中には米国が講和を申し込んだというものがある。民衆がいかに無知であるかが分かる。新聞を鵜呑みにしている証拠だ。

青木宏一郎 著「軍国昭和 東京庶民の楽しみ」より

ご承知の通り、実際の沖縄では3月中に激しい空爆と艦砲射撃が行われ、4月に上陸戦が開始されると、5月中旬には、あの「シュガーローフ」の激戦があり、那覇市内は完全に焦土と化し、5月末には日本軍は首里撤退。戦場に取り残された市民は、さらに集団自決などの悲劇に巻き込まれていきます(脚をやられて動けなくなって、目の前で亡くなった肉親が腐っていく様を見ているしかなかったという方のお話しをうかがったことがあります)。
つまり、実際には、沖縄戦に一時的にでも「景気がいい」という状況はありませんでした。6月末、沖縄戦での組織的な抵抗は終了しますが、その6月17日、浅草を訪れた作家の高見順は、こう書いています。

観音様は、仮普請の最中だった。この辺一帯、焼野原のままで、人は住んでいないのに、参拝人が出て来ているのは、異様であった…六区へ行ったのだが、ここでまた大変な人出に驚いた。

青木宏一郎 著「軍国昭和 東京庶民の楽しみ」より

いいとか、悪いとかではなく、近所で(たった一晩で)10万人もの人が亡くなり、同じ国の中で壮絶な市街戦が繰り返されていても、あの頃の、これが「市井の雰囲気」だったんだということは、頭の片隅に置いておいた方がいいような気がします。
みんなもっともらしいことをいい、したり顔で「沖縄の敵が無条件降伏をしたという説を僕も聞き…中には米国が講和を申し込んだ」などという根も葉もない話しの拡散装置になっていた…

今が、そうではないという保障はどこにもありません。昨今のSNSに起こる「炎上」などの出来事は、その逆を彷彿とさせますし…

さて

何を信じていけばいいのか…というより、人の話しを確認もせず信じてしまう自分の体質をこそアジャストすべきなんでしょう。周囲の雰囲気に流されて安心はしない方がいい。多数決は、そういう意見を持っている人が量的に「多かった」ということは描写できても、その意見が正しいかどうかを査証するシステムにはなっていないわけですから。

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