あんまり自分を疑わずに

会社を一つの「家」と考える発想は、日本古来の伝統ではない。戦前には雇用の流動性は高く、労働者の平均勤続年数は5年以下だった。むしろ製造業で労働者の定着率を上げて生産性を高めるために「家」モデルを借りたものだ。企業年金も退職一時金も「終身雇用」を前提としており、転職するとこうした付加給付を失う。
日本の労働政策も企業に福祉の負担を押しつけ、失業保険や生活保護などの社会的セーフティ・ネットが手薄だ。

池田信夫 死を招くニッポンの働き方(新調45 2016年12月号)より

もう終身雇用制の時代は終っているといっても過言ではないのでしょう。
そもそも「終身雇用」の時代こそイレギュラーなもので、数十年を「前例の踏襲」と「マイナー・チェンジ」だけでも高収益を上げられていた高度成長期ならではの「お駄賃」みたいなものだったのでしょう。
国民皆年金・皆保険の制度だって、うちのオフクロが成人してからの話しで、ひいばあちゃんはもう70歳になろうとしてからの施行でした。つまり半世紀ほどは続いたけれど、ある種のイリュージョンだったのだと思います。

オヤジの家は江戸時代から、オフクロ方でも明治の頃から「非・勤め人」として生きてきた我が家には「残業」という概念も「サービス残業」という概念もなく「週休」という概念もありません。でも、だからといって「休まなかった」わけではなく「休む」は自分の工夫で切取り次第。一週間に1日しか働かなくても充分に稼げているんならそれでよし。また「専業」ではなく、いくつかの職種を掛け持つ「マルチ」な感じの人も少なくなく、つまり「自由」でした。

今は、誰も「家業」を継ぐこともなく、親たちも不動産賃貸業で糊口をしのいでいます。
でも、会社員になったのは両家の親族の中で二人だけ。あとは何らかの自営か専門職です。

だから、相変わらず、我が家の慣習は、遅刻もなければ残業もなく、与えられる夏休みもない。みな切り取り次第です。老後の準備についてもそうです。
たいていは各人のソーシャル・キャピタルも「会社」に閉じているもんでしょうが、わが家のみんなには、そういった意味での「会社」もないので、みな、それなりの自前で「生業に結びつく」人脈を持っています(遊び仲間ではなく)。

僕が高校生や中学生の頃には、学校の同級生たちには非常識な「家」だったわけですが、こうした慣習を持つ「家」に生まれたことは、今日び とてもラッキーだったといえるでしょう。

これからは、あんまり自分を疑わずに前に進んでいけそうかな。まぁ、乱世向きではあります。少なくとも「会社員と専業主婦」的な家庭を知らないことをハンディに思わなくても済みそうです。

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