あの日に

市や高々九年しか勤めない余所住まいの教員組織に、何十年間も住民に強い愛着を与え続けた建物の改築を決める権限が生じるのか、私には理解できない。
〈中 略〉
震災で圧死した妹の棺が一週間安置されていた部屋がどう改築されたのか、改築後の校舎を再訪してみる勇気が私にはない。

松原隆一郎さんの著作「失われた景観 戦後日本が築いたもの」の「あとがき」に書かれていた、このふたつのフレーズが
ぐさりと刺さりました。つまり、紹介させていただいた短文は、圧死された妹さんの亡骸が安置されていた学校の校舎が取り壊されて、改築されるということに関しての松原さんの思いを語られたものです。

表題が示すとおり、日本の景観政策についての苦言と提言がいくつか掲げられている本ですし、そういった意味でもたいへん貴重な本なんですが、僕にとっては「あとがき」の印象があまりにも強く…
「高々(たかだか)九年」とおっしゃってしまう著者の気持ちも、また「余所(よそ)住まい」とわざわざ「余所」と表記されるところなども

察して余りあるというか…案外、こういうことについて他人事(ひとごと)なのではないかと
少し申し訳ない気分になりました。

妹さんはあの日にいた。そんな神戸出身の方の本です。

松原隆一郎 著 「失われた景観 戦後日本が築いたもの」
PHP研究所 刊(PHP新書)

2002年の11月の発売ですからブックオフとかを探していただいた方がいいかもしれません。

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