「バブル」は、はじけ続けている

「バブル景気」を「1986(昭和61)年12月から1991(平成3)年2月まで(51ヶ月間)に、日本で起こった資産価格の上昇と好景気、およびそれに付随して起こった社会現象と説明しているようです。

ホントに乱痴気騒ぎでした。六本木交差点で1万円札をヒラヒラさせながら深夜にタクシーをつかまえようとし、「これから札幌ラーメン食べにゆこう」と羽田に向かうなんてこともありました。街のフツウのお蕎麦屋さんが次々にビルを建設して巨万の富を…そんなこともありました。恐ろしい時代でした。
1983(昭和58)年からスペシャル版の放送が始まったドラマ「北の国から」(フジテレビ系)は、そんな時代にずっと警鐘を鳴らし続けていたのだと思いますが、乱痴気騒ぎは地方に飛び火しながら、なかなか終わりませんでした。それが短期間にはじけ飛んだから「泡=バブル」というわけです。

しかし、その「バブル」といわれた時代も「終わった」とされる1991年から四半世紀も前のこと。特に若い方には、すでに遠い昔の歴史的な事実になってしまっているのかもしれません。あの時代を知る大人たちでさえ、多くの場合は「終わったこと」として認識されているのだと思います。

でもね。ホントは、終わっちゃいない。今も「バブル」は、はじけ続けているのです。

右の写真、イマドキの街中では、ごくごくありふれた眺めです。例えば、これがバブル景気の塞がっていない傷口です。
こんな小型の物件ですから大手のデベロッパーさんが主導する物件ではなかったでしょう。街の中小企業が、確たる事業計画もなく、とにかくビルを建てればお金になると建物を壊して更地にした(たぶん銀行からお金が借りれたからそうしたのでしょう)。でもビルを建てる前にバブルがはじけてしまった…その後、バブルの時代に高額になってしまった固定資産税などを支払う足しになればと、コイン駐車場になって今日に至る…たぶん、そんな感じでしょう(それだって、旨味のあるビジネスにしているのはコイン駐車場を運営している業者さんなんでしょうが)。

この傷が、何らか癒されて「バブル景気」は過去のものになルわけですが、逆に、この傷が癒える前に「リーマンショック」も重なって、症状は重篤化しました。特に傷が癒せないのは街場の中小企業な物件。その一方で、ゼロ金利政策で大きなお金を動かせる人には有利な今日、大型の再開発は続いて、二極化はさらに鮮明になっていています。
東京や大阪などの大都市だけでなく、地方の中核都市もそうだし、地方に仕事がなくなって、鶴瓶さんが尋ねるような町や村のたいていが閑古鳥。それがこの国のリアルです。

coin-parking2大規模な建物の建設が続く光景は、公金を使って大企業だけを回復させていっている様子を表します。その一方で駐車場や空き地、シャッター通りが増殖していく様が市井の現状を表しています。つまり「バブルがはじけた」はまだ坂を転がり落ちていっているところ。そして、大企業による建物だって、ちゃんとした需要想定があるわけではなく…つまり、そこに閑古鳥が鳴いたら、一巻の終わり(大不況)ということになるのでしょう。

満足に傷の手当てもしないでお酒飲んでいるような状態なわけですから、当然の帰結です。仕方ありません。

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