「量」としての集客

横浜の中華街などが「典型」だと思いますが「量としての集客」を目指すと、当然のことながら、そのお客さんは裾野に向かって開いていく。もともと「中華街通(つう)」あるいは「中華街Lover」は少数。つまり通りすがりの一見さんをこそ「量」として集めようとしてるわけですから、リピーターの含有率も低くて、イベントなどの振興策も「賽の河原」。判りやすいからと空間性を肥大化させながら、あまり問題にする人もいないからと料理の味などソフトの面では工夫もおざなりになるので、質的な街の魅力は低下していきます。
今は鎌倉の小町通りあたりがこんな感じでしょうか。メジャーな雑誌が「街」として特集を組む頃には、そういった意味で、もはや凋落前夜といったところでしょう。

ましてや、「量としての集客」のターゲットとされてきたお客さんこそが、これから消費力を減退させていきます。
最近までが工業生産時代だったわけですから「量として多い」のは、たいていがマニュアル・レーバー時代の成功者であり、組織の時代の管理者。就業は不安定になり、親御さんや自分の長期な老後に公的なサポートは薄く、さらにインフレ。あまりいい話ではありませんが、遠出するゆとりは失われていくのだと思います。

「量としての集客」を目指しているうちに、その「ざわつき」に「通(つう)」や「Lover」は街を離れてしまっています。ギリギリの客単価で品数勝負してきた料理を、繊細に気遣いされた逸品のラインに戻すのは、ほぼ不可能なことでしょう。

たぶん10年を経ずして「ぺんぺん草」でしょう。ただ、いわゆる売春防止法の施行を経て「吉原」がああいう街であるように「街」には不思議な命脈があったりもします。ただし、たいていの街が、やっぱり「ぺんぺん草」です。渡島半島に位置する北海道の江差町は、かつて「江差の五月は江戸にもない」と謳われたそうです。江差の場合は「ニシン」が「江戸にもない」を産んでいたわけですが、「量としてのお客さん」がいなくなるのは、ある日「ニシン」がぷっつりと来なくなるのと似ているのでしょう。

質(しつ)に留意せず「網を入れれば」と図に乗っていたところも似ているんだと思います。

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