座して死を待ちますか

現職の林文子市長は官房長官の傀儡であり、横浜市のお役人の木偶でしょう。立派な経歴もクルマのセールスウーマンとしてのそれであり、そのマネージャーたる経験と役職に拠るもの。何冊かの著作をお持ちですが、公共政策についての知識を豊富にお持ちの方とは思えませんし、お役人と渡り合ってきた経験は横浜市長になるまで皆無。たぶん、お役人が実質を仕切って、そのお飾りになっているのでしょう。それ故に、小池さんに、オリンピックのバレーボール会場誘致の際に「お立場がある」と同情され、森さんに「横浜市のお役人としては歓迎しない」と直接、書類を回されちゃうのでしょう。

先頃、立候補を表明されましたが、その前にヨコハマで「林文子を推薦する会」を主催されたのは官房長官でした(官房長官は横浜市役所の人事を掌握しているといわれています)。

一方、すでに立候補を表明している長島一由さんは元衆議院議員で元逗子市長ですが、元フジテレビの記者さんでディレクター。最近、大学院に学ばれていたようですが、それも映像研究科映画専攻。こちらも何冊かの著作をお持ちですが、ビジネスなサクセス・ストーリーな感じで、愚直な福祉の人という感じはしません。特技はウィンド・サーフィンだそうです。
逗子市時代の実績も「市井の透明化」「効率化」を強調され、衆議院議員時代は「仕分け人」だったと述べられています。具体的な公共政策(例えば保育施設を増設したとか)についての報告はありません。しかも、経歴からして伏魔殿な政令指定都市のお役人をマネージメンとしていく能力に実績があるとはいえません。

かのウィンストン・チャーチル卿の格言を思い出します。

「選挙に出たいやつなんて『ろくでなし』しかいない。金儲けしたい奴か目立ちたがりばかり。まっとうに生きている奴は選挙になんか出ない」

たぶん、どちらが市長さんになられても、ヨコハマの命運は尽きているのでしょう。

でも、誰も適任者がいないから棄権ではなく、よりダメじゃない方を選んで選挙には行くべきなんでしょう。傀儡で木偶を選ぶのか。ナルシストなコスト・カッターを選ぶのか。たぶん、どちらを選んでも福祉はダメです。長島一由さんは小さい者に優しくないし、感動ポルノな感じもあります。林さんはもともとクルマのセールス・ウーマン、公共政策については「術語、用語」からして不安でしょう。

さて、もう一つ、ウィンストン・チャーチル卿の格言を

「選挙とは、今の世の中の現状でロクでもない候補者たちの中から、誰に税金を分配させたら、一番マシかを消去法で選ぶ行為のことだ。要するに、そもそも選挙とは忍耐である」

投票には行かなきゃダメだ。投票率が低いままだと、ずっと実像は「少数」なのに、それが「多数」を代表しているような顔をして独裁を貫くことができる。
横浜市長選挙だって前回の投票率は29%強。横浜市民の7割が無視した市長が権力者とお役人の言いなりで、税金を使い放題だし、都市計画の決定もできる…僕らは、僕らの税金で豪華な横浜市役所を造り、この街の都心を空洞化させる…そんな間抜けな結果を生む。

座して死を待ちますか っていう話しでもあります。

消去法でも十分。さぁ、この夏は投票に行きましょう。

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