実質「自己責任」

父方でも、母方も、僕から一回り下の世代で、やっと一人=会社員が出てくるまで、一族郎党が小商いか、技能職、あるいは専門職の自営。終身雇用な月給取りを知らずに過ごしてきました。

故に当然ながら、みんな自立している。カッコいいとか悪いとかではなく、そうでなければ生きてこれなかったわけです。

こういう家だと学校の成績がいくら優秀でもダメで、我が家の収入に繋がる行為に参加し貢献できなければ「穀潰し」です。じゃぁ、勉強などどうでもいいのかといえば、それはそれで「お前、学校の勉強もできねーのか」ということになるので、できなければ、やっぱり小言はくらう。まぁ、学校の勉強などは「端芸(ハジゲイ=オプショナルな芸/落語家さんでいえば都々逸みたいなもの)」。そんなもんができるだけで威張るなよというわけです。

我が家のテーマは、一本どっこで誰の世話にもならずにどう生きていくか。いい大学に進んでいい就職先に、という哲学ではないのです。
ところが、経験豊富な村方の暮らしから切り離されて、ただただフォード式な工場生産のための労働者にとっては、会社が全て出し、そこで役立つのは、それぞれの家庭にあった「村の暮らし」ではなく、全国に画一化された「学校教育」で教わったことだったでしょう。NHKの連続テレビ小説「ひよっこ」に描かれようとしている世界です。

ただね。これも、たんに「キャリア=都市キャリア」の差に過ぎないらしいです。

ロバート・E・パークさんは、彼の論文「社会的実験室としての都市」の中でこう言っています。

仕事や暮らしのため都市にやってくる農民は、確かに先祖伝来の習慣の支配からは解放される。
だが同時に、農民コミュニティの集団的知恵という支えをもはや失ってしまう。彼は独力でやっていかなければならない。農民の事例は典型的ともいえるが、都市ではあらゆる人間が、多かれ少なかれ独力でやっていく必要にせまられる。その結果、都市に移された人間は、昔通りにはやっていけないという点で、またそうやっていけない度合いに応じて、それ自身、本人や社会が対処すべきひとつの問題となる。

「社会的実験室としての都市」は1986年に邦訳された論文ですし、ロバート・E・パークさんはアメリカ合衆国を代表する都市社会学者です。でも、遠い日本の、田舎から出てきて代目を重ねてきた我が家という一家系を、あたかも見てきたように描写されているところは(僭越ながら)流石だと思うし、我が家に独自だと思ってきたことも「都市に生きる」の典型だったんだなと思います。

繰り返しますが、たんに都会キャリアの差に過ぎないんですね。ただ、それだけ。

でも、この流れを会社員と専業主婦、標準世帯な「一億総中流」というデザインが、すっかり変えてしまった。

ロバート・E・パークさんの定義も「ひとり一人が自立して生きる」前提に立ったものですが、誰かが「群れ」に編成して雇用の安定と年金や保険を保証して、でも自由を奪った…もちろん、1990年代くらいまでは「雇用の安定と年金や保険を保証し」の部分が安定してたんで、我慢のしがいもあったんですが、今、残っているのは「不自由」だけだったりしますからね。

戦後70年代を、どういう状態で暮らしてきた家か…ヘタすると親子三代の経験が呑み込まれる時間ですからね。しかも、1960年代後半以降は中小企業の自営的な経営者でさえ、業界団体という「群れ」に編成されていきました。「一億総中流」の所以です。

たいていの場合「急に言われても」だろうな。

混乱するでしょう。でも、誰も責任とってはくれないんだろうな。負け戦の責任は実質「自己責任」であるように。

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