嫌な予感

1982年の12月から翌83年の2月にかけて、横浜市内の地下街や公園などでホームレス(浮浪者)の方が次々と襲われ殺傷されるという事件が起きました。いわゆる「横浜浮浪者襲撃殺人事件」です。いずれも少年たちの集団による暴行事件。しかも、少年たちは、警察の調べに対し「横浜を綺麗にするためゴミ掃除しただけ」「浮浪者が逃げ惑う姿が面白かった」「退屈しのぎに浮浪者狩りを始めた」と応えました。彼らの認識に、多くの大人たちはぞっとしたのだと思います。連日、ワイドショーを賑わせる事案になりました。

そして、あれから30年以上。多くの大人たちはこの事件を忘れ、30歳を前後する年齢よりも若い世代には「過去に起こった事件のデータ」に過ぎないのでしょう。でも、近く、こうしたことが再燃するのではないかと危惧しています。恐れてもいます。しかも、「逃げ惑う姿が面白かった」というような、あまりにも身勝手な理由などではなく、一見筋が通った「正義の行為」として加害者に賛意や同情が集まってしまうような行為になってしまうのではないかと…

暴力が何も解決しないことは言うまでもありません。それ以前に、最大、最悪の「sin」です。でも、閉塞感の高まった社会はしばしば暴力に走る…それは歴史が証明していることでもあります。

以前、このブログのエントリーでもご紹介したように、団塊の世代の持ち家率は85%を超えています(86.2%=内閣府 平成25年版「高齢社会白書」)。一方、若者たちは高い確率で「一生賃貸」です。そして、個人金融資産(約1400兆円)のうち130〜200兆円を保有するという推計が複数あり、つまり、1人平均約2000万円の金融資産をこの世代が持っているかもという見方もあるわけです。
しかも、あのバブル景気(1980年代末)には、もう不惑をとっくに過ぎた年齢でしたし、その後のこの国の難局にも各所で責任ある立場だったのに無力で今日を迎え、これから先の、知価(情報)生産時代の就業には適応できず、残ったマニュアル・レーバーを若い世代が奪っていく立場になるでしょう(インフレの時代、彼らも楽隠居とはいきませんからね)。

そういう状況に、田沼意知を斬った佐野政言が、芝居狂言の中で「世直し大明神」に祭り上げられていくようなことが現在に起こりはしないかと心配しているのです。

ターゲットは日本中の都市に目立つかたちで点在しています。

ご承知のように「祭り上げる」は、今も現役です。冒頭にご紹介した「横浜浮浪者襲撃殺人事件」の頃だと、いわゆる「ロス疑惑」(81〜82年)、そして佐村河内 守さんの件、川谷絵音さんとベッキーさんの件…

事実より「噺」であり、客観的事実より受け手の潜在意識を投影した印象が優先する。

しかも、走り出したら誰も止められないところがあり、行き着くところまで行く。

嫌な予感がします。

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