多くの人々にとっての「これから」

植木等さんが「そのうちなんとかなるだろう」と歌ったのは1964(昭和39)年。前の東京オリンピックが開催された年でした。東宝映画「ホラ吹き太閤記」の主題歌。曲名は「だまって俺について来い」でした。
あの頃は高度成長期。1955(昭和30)年から1973(昭和48)年までの18年間、日本の実質経済成長率は年平均で10%以上。多分、多少のことがあっても、確かに「そのうちなんとかなった」のだろうし、当時は工業生産なマニュアル・レーバー全盛の時代、多少の疑問はあっても「だまって、ついてゆく」が正解だったのでしょう。そして80年代末には、あの「バブル景気」です。

そうした成功体験を重ねながら、若手社員は中堅からベテランへと成長していきます。折しも、多様性よりも、大量生産・大量消費を可能にする「画一性」の時代。「例外」については「排除」以外の選択肢を思い浮かべることができないベテラン社員が大量生産されてしまいました。

そして、政府でさえ、何をどう準備させたらいいのか判らない状況の中、AIによる無人化、労働市場の国際化が人々からマニュアル・レーバーを奪っていきます。それが今という時代です。

踏襲できる「前例」から探すのではなく、時代の断層が大きな(深い)「これから」には、創造的に「おまんまを食う」方法を模索していかなければならない。それなのに、マニュアル・レーバー時代に長い人は、すでに通用しない過去や近・過去の事例に自らの未来を当てはめて考えて矮小化するし、親方日の丸的な就業が習い性になっているので「まずはリスクを避ける」から、自分の将来を設計しようとします。

基本的に「まずはリスクを避ける」から考えると、自営は一歩も動けなくなり、結局、自滅してしまうのですが「一億総会社員・専業主婦」時代の直後ですから「まずはリスク」が怖くてしょうがない。そして躊躇しているうちに、追い詰められる…

そうでなければ、そうしたことも考えられないほど、リーマン・ショック以来のシフト薄で、今日をこなすのがやっとという状況に追い込まれている人が、この国の大半を占めているのでしょう。

たぶん、間に合いません。やがて、街場の消費力は大きく減退していくのでしょう。オリンピックに費やされる膨大な国費をもってしても「マニュアル・レーバーの次を設計できない人々の現状」を変えることはできず、ただただ企業を太らせ、自主的に知価(情報)生産時代に適応できた人々と、そうでなかった人の明暗をさらにはっきりさせるだけです。

政府は「一億総活躍社会」と言いますが、マニュアル・レーバーにしか順応できない人に活躍の場をつくったら、国際的な競争からは落伍してしまうのが現状です。

時代は非情です。

「会社」というものが、案外、分厚いシールドだったこと、マニュアル・レーバーほど気楽に収入を得ていける方法はなかったんだ…ということを、まず思い知らされる…
そうした感じが、多くの人々にとっての「これから」なのでしょう。

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