近未来の話しではなく

知価(情報)生産時代になると、工業生産時代ほどに「暴動」って効かないのかもしれませんね。

破壊されれて困るような物理的な生産拠点がない…というか。
故に「団交」も「デモ」も効かなくなる。「市井の人々」を人質にとってのテロ行為も同様です。

世の中を嫌な静寂が包み込むようになるのかな。

生産力としての「大衆」の役割が終わって、ストやっても電車は止まらない…自動運転だから。同様にサボタージュも効かない。
確かに、「消費力」としては大資本、資本家のメシのタネにはなるのでしょう(だからベイシック・インカムなんて話しになるんでしょうが)。じゃあ「不買運動」で対抗しようということになっても「食糧」まではどうしようもないでしょう。対抗勢力も、そのあたりを人質に取られるとなると結束するにも難しそうです。みんなが自営農ならいいんですが、逆に「郷」までが都市化しての今日です。

街を破壊しても、復興というビジネスに大義名分を与えるだけでしょう。

仮に大規模なストライキやサボタージュな状態が、ある程度、社会を麻痺させたとしても、知価(情報)生産力がある個人が海外に脱出してしまえば生産量が落ちることはないわけです。確かに知価(情報)生産力がある個人は少数ですが、一人一人を暗殺していって体制側の生産力にダメージを与えるのは多量に過ぎます。

「無人化」が広範に実現し、少人数とコンピュータで行われるスマート農業が確立し、そして知価(情報)生産時代が定着すれば、当分「量」で体制を揺るがすのは難しくなるでしょう。

いずれにせよ、そんなに時間はありません。近未来の話しではなく「あした」の話です。

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