諦めてしまうか、自分で動き出すか

市井の隅々にまでマニュアル・レーバーは浸透しました。

僕が子どもの頃には「まさか、小さな商店街にまで」と思いましたが、実際には、場末の商店街にもコンビニがあり、牛丼チェーンやハンバーガー・ショップがあり、居酒屋もチェーン店だったりします。
1956(昭和31)年から1966(昭和41)年まで「あまから横丁」という商店街を舞台に、酒屋さんと、パン屋さんと、保険外交員さんを主人公に大ヒットしたドラマ「お笑い三人組」(NHK)がありましたが、今の商店街は、直営店にしろフランチャイズにしろ、店主さんの顔は見えず、スタッフさんも流動的。「お笑い三人組」のような番組が毎週放送可能になるほどのエピソードに恵まれる人的なつながりはなく「買い物ができる(飲食できる)という機能」だけがある空虚な現場です。

今年末、民放のテレビドラマから久しぶりに「逃げるは恥だが役に立つ」(TBS)という話題が生まれましたが、閉じた職場の数人の同僚、核家族、同級生の一人か二人…そんな閉域の少人数の中で展開される物語が大半でした。
物語の終盤、森山みくりさんは商店街のイベントを手伝い、タウン誌の記者さんになりますが、現況の商店街に活気にあふれた人間関係はありません。みくりさんのお友だちの八百屋さんにも、来客は「たま〜に」。エピソードに盛り込まれることはありませんでしたが「タウン誌」の方もたぶん「推して知るべし」な状況でしょう。

でも、こういう商店街を僕らは選びとってきたのです。

店主もスタッフさんやお客さんとのコミュニケーションを面倒臭がりました。お客さんも、お店との会話を面倒臭がりましたし、何時に行っても買い物ができるわがままの実現を望みました。

そこに、資本が「便利」と「楽チン」を提供し、その代わりに、その地域で稼いで地域に落ちたはずの「収益」を合法的に取り上げていきました。地域には人的なつながりが生まれにくくなっただけでなく、お金も搾取されてしまったので、あとに残るのはゴーストタウン化です。

さて

行政は、この仕組みには手をつけずに、いたずらにイベントを多発して商店街を盛り上げようとしますが、これは、まさに「焼け石に水」。でも、特に自治体としては「地域に落ちたはずの『収益』を取り上げていき」の部分は触れられないのでしょう。そして、触れないで「手は打っている」を装うのが、今日的な行政施策かな。

ただ、そういう問題点を指摘しても、おいそれと行政の姿勢が変わることはないのでしょう。何も、この感じは商店街振興に限ったことではありません。

あとは諦めてしまうか、自分で動き出すかのどちらかでしょう。文句言ってる時間はありません。

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