入隊する

明治の頃に政府が始めた「学校教育」は貧しい人々への行政による公共政策の色彩が濃かったものでしょう。そして、それはお上から下賜されたものだったのだと思います。一方、江戸時代の寺子屋は、あくまでも私立の学校です。幕府なりの行政機関からの予算は入っていません。村方にあった「郷学」だって庄屋さんなどが設立した私立の学校で、武士も学べましたが、庶民が主役の学校でした(藩士の師弟を教育したのが藩校)。

お上から下賜されたものか、みんなの自主的な互助によって成り立ったものか…
質的(しつてき)にはぜんぜん違うなと思います。

前の大戦に敗れた後、民主化したとされる我が国の公立学校は、タテマエとしては「みんなの互助」に拠るものなのでしょう。でも、実態は「お上から下賜されたもの」の系譜にあるように思います。

だって「制度」です。寺子屋のように先生が主役になるでもなく、どんな先生が来ようと成立してしまう学校は「制度という箱」に過ぎず、その「箱」をデザインするのは政府や自治体のお役人です。先生ではありません。

今でいう就学率は、実は明治になって低下します。税制が物納から金銭納になって現金収入のない農家は苦しくなり、食いっぱぐれた農民は大都市に集中してスラム化。子どもたちを学校に通わせるゆとりを失います。

このことを基準に、戦後「みんなが学校に行けるようになった」は、ある種の情報操作です。

十把一絡げに、ベルトコンベアに乗せられたように卒業させられていく、現況の学校ってなんでしょう。

作家の高橋源一郎さんは、お子さんの入学式に出席して「ああ、これは入学式じゃなくて入隊式だ」と思ったそうです。

僕も高校までは「公立」でしたからね。じっと手を見る…です。

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