残 照

小津安二郎監督の作品「大学は出たけれど」(松竹キネマ製作)が公開されたのは1929(昭和4)年です。この頃、大卒の就職率は30%を切るか切らないか。昭和15年になっても大学進学率は1%あるかないかの時代の「大学生」なのに、その10人に7人が「就職」を難しくしていたわけです。

(就職難も今に始まったことではないということです)

うちの年寄りやオヤジたちの記憶では、農民にしろ、また街場の技能職にしろ、今でいうところの「フリーランス/自営」がスタンダードで「サラリーマン」という状況は戦後の高度成長期以降のことだろうと。逆に言えば、特に戦前は、サラリーマンは1%のエリートであるところの大学生のもので、中卒でさえ珍しかった庶民には「サラリーマンという働き方」自体が遠いところにあったのだと思います。

振り込め詐欺など、高齢者をターゲットにした事件の被害額が報道されるたびに「ああ、高度成長期って凄かったんだなぁ」と思います。1980年代末の狂乱的な好景気を「バブル」といいますが、現状からすれば「昭和30年代以降、ずっとバブル」みたいな時代だったんでしょう。

たぶん、あの、化け物みたいに国中で儲かった高度成長期みたいな時代じゃないと、国民皆サラリーマンで、皆専業主婦な標準世帯って無理だったんでしょう。そして、少子高齢化で、しかも人件費も物価も高い先進国になってしまったこの国に、あの時代の再現は(当分の間)不可能です。

つまり、不安定だろうがリスキーだろうが、自営を覚悟しておいた方がいいということなのではないでしょうか。

高度成長期の残照が続くのも、あと数年のことでしょうから腹はくくって前を向いた方がよさそうでう。

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