案外、単純に「やさしさ」から

工業生産時代を経て「効率的に『量』を造る」には慣れている僕らも「質的に」については、とんと不得手です。

去年まで100個しかつくれなかったスイカを「1000個つくれ」っていわれるより美味しいスイカを1個つくれっていわれる方がどれだけ難しいか。美味しいスイカをつくるコツをノウハウ化しろっていわれても、たぶん現在の人類には不可能です。故に、つくれる人、つくれない人が出てきてしまうし、「仕事は憶えて慣れる」時代の直後ですから、大半の人が「つくれない」が現実でしょう。

同様に

百本の糸で織る織物よりも1千本の糸で織る織物の方が高級だとか、ブランドになる産地での収穫物なら値段がつくとかそういう勝負なら多くの人が結果出せるんですが

そういうことでは、いい織物、農作物はつくれないんですよね。

一言でいえば「やさしさ」なんだろうな。人に対しての「やさしさ」、ものに対しての「やさしさ」、作物についての「やさしさ」。その「やさしさ」があれば、相手の声なき声が聴けるようになって「質的に」の部分にアプローチすることができる。でも、誰よりも、自分の安寧と幸福を追求し、そのために人を利用しても とがめだてされないばかりか、むしろ「賢い」なんて褒められちゃうような時代でしたからね。

(やっぱり、どういうコンセプトで教育が行われていたかとか、多くの人がどういう人生を理想にしたか とか そういうことに拠るんでしょうね)

ただね、皆無、全滅じゃないんです。

この国の文化の底堅さなのか。世間がなんといおうと そういう「やさしさ」を継承されてきている方は、案外たくさんいらっしゃるんです。
もちろん「たくさん」っていっても1億人分の数万人か、多くて数十万人…立派な「少数」つまり「希少」ですが、一粒のささげでも、一年で百倍くらいには増えますからね。

僕らもチェレンジするだけは「難しい」にトライしてみてもいいんでしょう。
その方向を向くことができれば、案外、身近なところに「希少」が転がっていたりして…

まずは「やさしさ」かな。情けは人の為ならずってね。

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