座して待つよりは

ラジオの組み立て工の話しですから、テレビ登場以前の話でしょう。それもアメリカの話ですから、第二次大戦前後の話かもしれません。

大きな工場があってタイムカードを押して、一斉に組み立て工が流れ作業でラジオの組み立てをする。その時、ある学者が彼らを俯瞰して「彼らは自分たちを失業させるために懸命に働いている」と言ったわけです。
どういうことかというと、彼らが懸命に働いて、工場の収益を増やすと、確かに給与も増えるかもしないが、それ以前に、工場はさらに収益を上げるために「省力化」に再投資をする。「省力化」といえば、機械化であり無人化です。人件費こそが収益率を上げるためのボトル・ネックなわけですし、実際に「機械」なら、電気だけ食わせておけば、労働争議も起こさないし、風邪をひいて休むこともないわけです。故に「彼らは自分たちを失業させるために懸命に働いている」と。そして、その「省力化」への欲求が、戦争と並んで「科学&技術」を進化させてきたともいえるわけです。

ただし、工員はいらなくとも、消費者は必要。そのことが「無人化」にブレーキをかけてきました。

ところが金融経済にシフトしていくと、必ずしも「実在の消費者」はいなくとも取引は成立するし、収益もあげられるようになってきたわけです。

このあたりの危機感が、かの国では「トランプ支持者」を生んでいるような気もします。理屈や理論はわからなくても、触感的な「危機感」が彼らを追い込んでいるのでしょう。
しかも、頼みの「金融経済」でさえ、限界説が叫ばれるようになってきました。もともと「絵に描いた餅」からお金を生むというヴァーチャルな話です。疑いの眼を向けられたら脆いでしょう。

そろそろ、企業も個人も「成長戦略」から離脱すべき時期が近づいてい流のかもしれません。消費文化からの離脱ということでもあります。

たぶん、それだけが解決策でしょう。どんなに縮小しても、生きている僕らという現実は残りますからね。そこに「歩留まり」はあります。

個人としてできること…

家を買わない。クルマは持たない。ファションは一張羅、それもTシャツ、ジーンズ。旅行には滅多に出ない。近所を愉しむ。できるだけ短時間で仕事を済ませて、必要な収入を確保したら、あまり働かない。あんまり貯金はしない。保険には入らない。いたずらな長生きは望まない…

実際にやってみると、案外、簡単なことではないのですが、不可能なことでもありません。

座して待つよりは、トライあるのみ。

転換には時間もかかりますから、お早めにチャレンジを(とは思います)。

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