近未来の「戦後」

集英社新書「『戦後80年』はあるか ー『本と新聞の大学』講義録」からの引用です。

日銀はデフレ脱却のために国債を買っていると言っていますが、やっていることはほとんど「財政ファイナンス」です。財政ファイナンスとは、中央銀行が政府から国債を直接引き受けることで、歴史的経験から、財政ファイナンスをやってはいけない、というのが世界の各国共通の常識になっています。国が発行する国債を中央銀行が買って政府にお金を提供すれば、政府は自分の国の景気がよくなり、政府も儲かるから都合がいいのですが、最終的にはものすごいインフレを引き起こすことになり、悲惨な目に遭うのは庶民です。ですから、第一次・第二次世界大戦後の状況を経験してからは主要国で採用した国はありません。

第7回 この国の財政・経済のこれから 河合小百合 からの引用

この国の戦後教育が最も苦手にしたのが「歴史に学ぶ」ですが、そういうことも影響しているのでしょうか。第一次大戦後のドイツの「ベビーカート一杯」の札束でパン半斤とか、昭和恐慌の経験者であるうちのひいばあちゃんが「死ぬかと思った」という第二次大戦敗戦後のこの国のハイパー・インフレも、どこ吹く風。

そうでなければ、確信犯です。

ただ、これからどうこうできる問題でもないのでしょう。衝撃を和らげる工夫は出来ても、墜落は墜落なんだと思います。

河合さんはこうもおっしゃっています。

日本はプライマリー・バランスも財政収支もギリシアよりずっと下の、ずっと悪いレベルだというもに、平気な顔をしています。しかし先ほどからお話をしているように、近い将来、海外金融情勢が変化すれば、一段の円安が進行し、資金流出が始まる可能性は否定出来ません。もしその時、日銀が、自らが債務超過に転落するのを避けるため、金利の引き上げ誘導を十分に行うことができず、結果的に「非連続的な債務調整」局面に突入せざるを得なくなるということは十分あり得ます。そうなれば国民からむしりとって、最後につじつまを合わせるほかにない、ということになるでしょう。
つまり、「国民に有無を言わせない強制執行」によって国民の課税資産を差し押さえ、もしくは、政府が財政制度上負っている歳出の義務と相殺することにより、財政運営を継続するよりほかに方法はなくなることが考えられます。

これも「第7回 この国の財政・経済のこれから」からの引用

まず、できる限りお金のかかる生活をシェイプし、資産などから身軽になることだと思います。そして、金銭的な投資の少ないいくつかの収入源を小さく持つことでしょう。親方日の丸、終身雇用制的な一社奉公主義は危険です。マニュアル・レーバーな就業も危険です。そして、どんな時代になってもなんとか食っていける収入を確保できるようにデザインすること。お金を使わなくても豊かに暮らせるライフスタイルを確立しておくことでしょう。

今、敗戦直後の「暮らしの手帖」の工夫(直線断ちやリンゴ箱の家具など)が示唆されるのも、近未来の「戦後」に向けての準備なのかもしれません。

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