横浜村のマジョリティ

横浜市は370万人を超える人口を抱える大自治体です。市役所の歳入は1兆4千億円以上になります。この巨額な歳入は税収ですから、当然ながら安定した収入です。そして、この歳入を収入につなげたい人、差配して権力を得ようとした人が、これまた当然ながら「新参」の参入を拒んで、ある種の「村社会」をつくります。このことは何も横浜市に特筆的なことではなく、全国の自治体、あるいは政府に拠る部分にも厳然としてあるのでしょう。
地方都市ともなると、東京のように大きな民間企業が「群」であるわけでもないので、自治体が「このまち、この村一番の総合商社」になります。そこを仕切れる人が王様で、地元の新聞社やテレビ局なども含めて「オール与党」状態で、その自治体の経済を回していきます。

そして、この「村社会」の人々は内向きに円陣を組みます。お金の方を向いているというわけです。
もちろん横浜も例外ではありません。映画やテレビ・ドラマでは別のイメージに描かれる横浜ですが、実像の横浜はフツウの地方都市です。

ところが時代は移り変わっていきます。その時代が、内向きにしか情報を持たない「村人」たちを置いてけぼりにしていく。時代の断層が大きなときは、特にギャップが激しくなります。でも「内向き」だからホントに見えない。そして、その置いていかれている「村人」たちが、コンサバティブな横浜市民も時代遅れにし、飽き足らない人たちの「東京への流出」を生んでいきます。消費者としての流出だけでなく、生産者としても、これからの知価(情報)生産時代に有用な人材こそ、東京に流出していきます。

つまり、足元の砂はもう流れ出していて、濁流の勢いは増しているのに、内向きなので「村人」は、そのことになかなかその深刻さに気づかずに、相変わらず「新参」に厳しく「守旧」です。「守旧」で守りきれるものでもないのに「守旧」なのです。

根本にあるのは「お役人」の体質でしょう。ある政策をやめた途端に責任が明確になるので、お役人は「止めない」。ある時期、新しい首長さんを背景に斬新な政策を打ち出しても、村のマジョリティの評判が悪ければ看板はそのままに、自ら政策を骨抜きにしていきます。

そして「昨日」と寸分違わぬ明日を目指す…すっかり時代が変わってしまっていても、です。

たぶん、前の大戦もこういうふうに止められなかったんでしょう。
そして止められないうちに、大空襲はあり、樺太や沖縄は市街戦に巻き込まれ、原子爆弾は投下され、大陸からの逃避行にも悲惨な物語が刻まれた…

戦争状態にあるわけではありませんから、あれほどの災禍が繰り返されるとは思いませんが、自治体と税金が動かしていた地方経済は近く悲劇的な結末を迎えるのだと思います。

決して意地悪な見方をしているつもりはありません。まっすぐに見るとそういうことになるのだと思っています。

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