大鑑巨砲

昨日の「みなとみらい」はピカチューで賑わっていました。近年のこの辺りにしてはホントウにたくさんの人出でした。

でも、僕は、クィーンズ・スクエアあたりにいて「これだったら、あれほど、この空間のサウンドスケープ・デザインに凝る必要はなかったし、高尚なパブリック・アート群に、こんなにお金を使う必要もなかったのに」と思いながら歩いてました(楽しみに街を訪れている方には申し訳ないのだけれど…)。

パトリス・ジュリアンのお店はとっくに撤退してしまっています。ショッピングなテナントの顔ぶれもずいぶん変わり、大衆的な消費に立脚しつつ、その上でテナントの定着率は低い。何しろ大衆的な消費材を商うにしては家賃が高すぎるのです。
ヨコハマの消費者の等身大の実力をはるかに超えたところに価格帯が設定されていたのでしょう。興味もなかったのだと思います。すでにバブルは弾けてしまっていたのに計画が止められなかったのか、それとも、計画を立てた人をして、マスメディアが創り出したヨコハマ・イメージに惑わされてしまっていたのか。いずれにせよ「にぎわい」を創生するとい意気込みにはそれはそれで遠く及ばないものでした。

(大規模な投下資本を回収しなければならない「再開発建物ありき」ではなく、既存の「街」をブラッシュアップするように新規のお店を誘致していくようなプランだったら、また、結果も違っていたのかもしれません)

大きなピカチューのバルーンがガレリアに浮かんでいます。あちこちに大きなキャラクター・シールがシーリングされ、多くのスタッフさんも声をからしています。そう安価ではないイベント製作費が支払われているのだと思います。でも、確かに多くの人々が集まってはいても、それが各店舗の売り上げ増につながるのかどうか…大勢の人が集まった分だけ処理しなければならないゴミの量だけが増えた…ということにならなればいいのですが。

そして、昨日、ピカチュウ目当てに来街している大半の人々がマニュアル・レーバーに働いている可能性が高ければ、AIの汎用化や労働市場の国際化のあおりをまともに食って、その上に介護負担や自身の健康維持などに置くの費用を必要するようになり、近い正体、大きく消費力を減退させる可能性もあるわけです。…でも、現在、再開発ビルは大衆消費にフォーカスし、すでに上位層は再開発ビルはおろか「地区」からも離れてしまっている。開発費が回収できていたとしても、贅沢な空間を支える維持費はかかっているのに…

もちろん広々としたオフィス空間の需要も減退しているはずですし、東京にはさらに先進的なオフィス集積型の再開発も始まってしまっているはずです。

再開発は飛行機の時代に大鑑巨砲の戦艦を造ってしまったような仕儀になるのではないか。

いや…

高い確率で現実のものになるでしょう。

今はまだ「一億層中流」由来の「大衆消費」の時代です。けれど、大衆の大半が「余暇や娯楽、買い物などにはお金を使わない(使えない)」人々に変質していくはずです。スマホ・ゲームは隆盛でも、そうしたことを切っ掛けに、お客さんの消費を呼び起こすということは難しくなり「無料」の部分だけがもてはやされるようになる…

でも、再開発地や商業集積地は「消費地」なのです。

たぶん、現在55歳の僕は、この矛盾が引き起こす結果を目の当たりにすることになるのでしょう。遠い将来の話ではなく、首都圏直下型地震よりも確実に「起こること」です。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中