行き着くところまで行き着くと

仮に、生まれた家に伝承された生活文化らしいものがなく、すべてはテレビをはじめとするマスメディアからの情報、学校教育、それらに起因する身近な世論の評判に倣っていく…
本人の自覚としては新しい生活文化を身につけているようで、実は企業にとって都合の良い消費者にデザインされていただけなんだろうと思います。特に代々を暮らしてきたコミュニティを離れて「新参者」となった「よそ者」や「よそ者」の家庭に育った人には、そうした傾向が強く現れていたはずです。

そして、マスメディアの情報は、熟成された地域文化を持っていたはずの町や村にも襲いかかる…
全国津々浦々の人々が、大量に生産され、故に画一的な商品を違和感なく受け入れる消費者に仕立て上げられ、この国のマジョリティになる。

今、そのうちの一人が故郷でタウン誌をつくっているとします。
マスメディアの情報誌がトレンドを追うのと同じ手法で、城下町や門前町を眺めています。ホントウは、そこに遅くとも中世以降の長い時間をかけて熟成された文化があっても、彼の目には古民家を改築されたcafeの部分しか見えません。彼が感じる魅力の全てはマスメディアから発信される情報の中にあり、それに倣ってわが町を語ることしかできないのです。

もちろん、まれにそうではない、美しい書き手や編集者の方もいらっしゃいますが、彼らのクライアントとなるべき地域企業の経営者や自治体の職員のみなさんなどはどうでしょう。知らず識らずのうちに、わが町に東京のフィルターをかけてしまっているのではないでしょうか。

でも、あまりに徹底は上手くいき、ファスト風土が全国に行き渡り、どこの観光地で買うお土産までもが画一的になってくると、さすがに「疑義」も生じはじめています。少数ながら「疑義」に準じた行動を起こす人もいます。

紙媒体としての印刷費を負担できなければ、インターネットの中でも…

そういう試みが可能になる時代にもなりました。

行き着くところまで行き着くと、やっぱり「次の時代」は始まるものです。「戦後」は始まっています。

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