温故知新

「江戸時代を」とはいっても、もう一回、みんなでチョンマゲ結いましょう…ということを望んでいるわけでも推奨しているわけでもありません。

まず、明治以来の中央集権を反省し、いい意味での群雄割拠を容認した方がいいのではないかと思っているということです。みんなが一斉にベルトコンベアに向かって仕事をする時代も、お茶の間に揃って紅白歌合戦を観た時代も終わったのに、全国民を画一的にケアする行政システムのままでいいわけはないし、ポスト工業生産時代にこそ、多様な人々の自由をそれぞれに開花させての隆盛を確保することができる…故に、リチャード・フロリダをはじめ何人もの社会学者や経済学者が「国家」による時代の終焉を予言しているのでしょう。

その時代にこそ、幕府もあり各班もあり、町方もあれば村方にも自治権があるような社会体制がふさわしいのだろうし、都市にはさらに小さな単位での自主的な互助制度が必要なんだと思います。「大家(おおや)と言えば親も同然。店子(たなこ)と言えば子も同然」という戯れ言がありますが、これは、たんに「しばり」を描写したものではなく、都市に出てきたデレシネたちの紐帯のあり方を表しているのだと思います。実際に、急に父親を亡くした家族たちのために100人を超える人々が小さなお金を出し合った「奉加帳」が残っています。国家による保険も年金もない時代だからこそ、市井の人々は自主的な生活互助のシステムをつくって、案外豊かに暮らしていました。同時代のロンドンと比較すれば一目瞭然です。

ご承知のように江戸時代には、現在のような国家も自治体もなく、多数決に拠る民主主義もありませんでした。でも島原の乱があった1637年以降、民による大きな武力蜂起は起こっていません。それから230年あまりのちに起こった戊辰戦争(1868年)、為政者たちの権力闘争です。

国家を成立させられたことが必ずしも進化ではなく、多数決に拠る民主主義が絶対の利器ではない…

明治以降の近代国家が捏造した「江戸時代」像を離れて、冷静に「江戸時代」に学び、現在という時代に、その所産を投影する。
まさに温故知新ですね。

イタリアだって、ムッソリーニが出てくるまでは多様な小国の集合体だったし(ちょっとハプスブルクの干渉はありましたが)近年になって、そんな感じが復刻しつつあるわけです。

21世紀だから江戸時代を思う、学ぶ… 「粋(いき)」な感じ、しませんかね。

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