混乱期を生き残る

毎年、成長を続け、辺境を開発し世界中をモダンな市場に仕立てていく…こういう資本主義は、まさに「絵に描いた餅」だったし、資格を問わない投票権を元にした多数決による民主主義がどんなに危なっかしいものか…全体から見れば少数かもしれないけれど、でも、多くの人が20世紀の「絶対『善』」を疑い始めています。
遅刻がある会社でみんなが一斉に職務にあたる就業スタイルが時代の要請から大きくヅレ始めていることにも、長生きとはいってもベッドに縛り付けられて胃瘻チューブで生きる長生きもあるのだと、そういうことにも気づき始めています。

その一方で、次の時代の処方箋も描かれ始め、具体的で身近な(来るべき時代にふさわしい)ライフデザインを提案し、実践する人々も出始めています。

(たぶん「小商い」という言葉にスポットが当たったのも、そういう過程での出来事だったのでしょう)

未知の時代は始まっています。例えていうなら「これまで」は見渡せる平原で、「これから」は切り立つ崖の上にある土地です。狭いのか、広いのかさえ判らない…でも「これまで」は見渡せる平原も音を立てて崩れ始めている…

僕らは崖を登るしかない。

充分な装備を持つ人もいれば、素手で登っていく人もいます。でも、最も多くの人々は足元が崩れていく振動を感じながらも、そこに立ちすくんでいます。
仕方のないことではあります。きっと立ちすくむ人がレギュラーでしょう。「いままで」に固執する人こそ、せっかくの「次の時代の処方箋」を胡散臭い詐欺師の戯言と聞き流すでしょう。

終わりは複合的に始まります。例えば、いくばくかの資産をもって年金生活者となれた人も税金や管理費を支払いが不可能になったり、安い金利の時代に借り換えたローンでさえ、インフレ下の生活費の高騰に支払いが難しくなり、家は売れなし、住む場所はない…そこに息子や娘たちの失業がのしかかるなど、同時多発的で、故に対処不能…そうしたことで一家離散の憂き目に遭う人も少なくないと思います。

ただ、それを防ぐには、今、その人たちにとって「信じられない」対処を施す方法がある…それは難しいと思うのです。

混乱期を生き残るということはそういうことです。

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