無防備にはいられない

日本各地の都市、いや「地域」って言った方がいいのかな。EUを離脱を支持したイングランド国民のような人々がいます。
旧いところでは、中世以来の「名門」があり、ヨコハマみたいに新しい街でも行政予算と癒着しているような世襲の地域企業や業界団体の構成員がいて、もはや「地域」という壁など溶けて無くなっているのに、その状況を認めず、故郷の自立を叫んでいます。
ウチのオヤジが若い頃は仕事場もご町内なら住んでいるのもご町内でしたが、今は居住地と就業地の分離がスタンダードになり、全国チェーンの飲食店・物販店やコンビニ抜きでは生活もままならないでしょう。ご町内にいる棟梁に「家を建てる/修繕を頼む」時代ではないし、インターネットは国境さえも飛び越えてしまいます。外国からの労働者の流入も止められません。

こういう状況で「鎖国」をすれば、その「地域」の経済を直撃します。イングランドの民主主義はそういう決断をしたということです。

遅くとも今世紀末までには「国境」という概念は「実質」を失っているでしょう。
異邦人と邦人を区別していたら経済的にはやっていけないはずです。

「社会が認める結果を出すこと」。それができなくても「邦人」なら、それを認める。「邦人」の会社なら「高くても買う」…それを消費者は認めないでしょう。故に「鎖国」の方向にアクセルを踏んだ途端に「自爆」です。
イングランドの人々だけでなく、アメリカ合衆国の大統領選挙でも同じようなことが起こるかもしれません。ロシアもわが国も多様性を認めるといった雰囲気には流れておらず、たぶん、先進国、新興国の中ではっきりと多様性を歓迎する方向に舵を切っているのはカナダ、ニュージーランドくらいのもの。でも、状況は「多様性」で生成りなのです。

幕末、一方で「武士」を卒業し、自ら商人のようになったり、市井との交流の中で次の時代を切り拓いていく人もいれば、古典的な武士道に回帰していく人もいました。そして後者の「武士」の方が当時の人々の人気は高く、また出世街道を登っていくようでもありました。でも、結果は僕らがよく知るとおりです。

人間社会のことでさえ、人間の意のままになるわけではありません。僕らはただただ時代を読んで、それに沿って生きてくしかないのです。

やはり、今は江戸時代。それも幕末で、近く明治になるのでしょう。都議さんたちがリオへ行けなくなったのも、その兆候のひとつです。
これからは日本だけが「江戸→明治」になるわけではなく、グローバルに「江戸→明治」へと転換していきます。

どう考えても激震でしょう。無防備にはいられません。

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