現場と会議室の乖離は

窓に外を鳥が駆け抜けていきます。僕はその風情を眺めながら奥さんと並んで朝メシを食っています。
会議や打ち合わせがなければ、このまま家で仕事ですし、たいていの会議や打ち合わせが行われる「現場」も歩いていける範囲です。

でもコンピュータとインターネットがなければ、さすがにこうはいかなかったと思います。実際に80年代〜90年代の僕はもっと多忙でした。会議のための紙資料も作らなくてはならなかったし、会議の参加員数も多かった…。今は少人数だし、PDFだし、故に、メールやSkypeでも済んでしまう。「家」にいても仕事はどんどん進んでいくし、時間も選びません。深夜に仕事をして、その結果をメール送信して、寝坊して、平日の昼間に散歩に出ることもできます。

僕の場合、仕事に関連してのイベントや季刊誌や小冊子、リーフレットの類も自分で作りますから、かつてはその製作に関する打ち合わせも膨大でした。でも、今はコンピュータ・ソフトの操作性がよくなった(難しいことが簡単にできるようになった)ので印刷のオペレーターさんと僕の二人仕事。イラストレーターさんや写真の方に入ってもらうこともありますが、たいていはこの部分も僕がこなします。

でも、忙しくない…自分でなんでもできるようになったからこそ「各者への伝達」「慰労」の時間が全部なくなって、ゆったりと奥さんと並んで朝メシを食っている時間ができたというわけです。

自分で言うのもなんですが、僕みたいな働き方を実現するのも簡単ではないでしょう。でも、コンピュータ、コンピュータ・ソフトとインターネットが「不可能ではなくした」のだとは思います。
今、僕は再開発の製作レベルでも働き、イベント告知のポスティングまでをこなします。
そうやって「現場」と「会議室」を往復することで、精度の高い政策を立案することもできますし、地権者企業や管理会社に範囲したイベント企画を立案し、人間関係を構築していきます。

たぶん、僕が知らないだけで、再開発や街づくりの現場に、僕のような働き方をしている人は僕ひとりではないでしょう。それなりにいらっしゃるのだと思います。

映画「踊る大捜査線 THE MOVIE」で青島刑事が「事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!」と叫んだのは1998年でしたが、今は、その壁が溶けてなくなろうとしているんだと思います。なにしろ、現場と会議室の乖離は、ずいぶん前から問題視されてきましたし、インターネットがあるおかげで現場の声が「可視化」されるようにもなり、無視できなくもなってきています。

ただ、そうしたことが実現されたら、多くの人々から就業の場が奪われていた…そんなことにならないかと心配しています。

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