蓄財型/生活文化型

貯金をして「マイホーム」などの資産を蓄財することに、最も多くのおカネを使う…
日本の「中流」の力量でこれをやっても、僕らが全く及ばぬ資金力を持つ人々が、ちょっとインフレにふれば、何十年とかけて蓄財したその資産は一瞬のうちに半減です。

なんども戦火にやられ、その都度、資産を失ってきた京都の人々は、いわゆる「蓄財」ではなく、自分の身に「なんぞのときになっても食べられる技芸」を身につけるということにお金を使いました。

「こーと」という京言葉があります。どう表記していいのか、ちょっとあやふやなんですが「地味であるが上品なの意。質素にしている暮らしぶり」を指す言葉です。
京都人たちはステイタスをひけらかすように豪華な食事に明け暮れることは嫌いましたが、蓄財のために食費を削るような生き方も嫌いました。江戸流にいえば「粋じゃない」といったところでしょうか。大阪の人も、安い食材でいかに楽しむか「始末」の良さをプライドにしていました。

「宵越しの銭」は持たず「腕のいい大工」を目指す…「なんぞのときになっても食べられる技芸」こそが、ホントウの資産。これが農地を持たない都市人にとってオーガニックな生き方。貧乏人が溜め込む資産などタカがしれているし…災害にも強い。そして、そういった技芸は決してヨガ教室のようなスタイルから身につけることは難しく、毎日、重ねられてゆく自らの生活文化から匂い立つように身につけられるもの、つまり生活文化型にお金を使って身につけていった方が「食べられる技芸」を身につける方法としては適している…そういうことを代を重ねて学習していきました。。

戦後の高度成長期、短時間に農村から出稼ぎに来たり、進学してきたり、そうした人々が農村の感覚のままに都市に定着し、そこをビジネスに狙い撃ちにされたのでしょう。都市にも蓄財の気運があふれましたが、それは都市にとっては不自然なことだったのだと思います。

ねじドメの、つまり本来の耐久性は持たない木造にビニールを貼ったような住宅に住み、子どもたちは「本手返し」の寿司を知らず、どこまでもノウハウな「回る寿司」しか知らない…これでホントウに豊かだといえるのかどうか。

一度、我が身を振り返ってみる価値はあるのでは…
混迷の時代だからこそ、安定した高度成長期(これまで)にこそ有効と思われた生活防衛策については疑ってみた方が懸命なのではと思います。

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