横浜村

横浜市役所の予算、その予算に連なる古株の地域企業、横浜市役所の外郭団体や地域マスコミなどもそうかもしれません。このあたりを「横浜村」と仮称します。横浜市役所が差配できる「税収」を中心に、ここから地域企業が発注を受けたり、助成金をもらったり、そして、スポンサーがつかない地域マスコミも、市役所の発注や、彼らのご威光で地域企業から広告をもらったりで食いつないでいますから、あくまでも「横浜村のスポークスマン」。古株の地域企業は各ジャンルに渡り、それぞれに子分を従えて下請け、孫請けです。

彼らのつくる世界が「横浜村」です。
それなりの大都市ですから、財政状況は別にして予算ああります。あるので、東京の広告代理店もつながっていますし、それなりに立派な建物もつくれて、つまり、それなりの力を持っています。新鮮な感覚を持ってこの街にやってきた(例えば)デザイナーやアーティストも「横浜市役所や古株の地域企業」や地域マスコミから仕事を貰うようになると、知らず識らずのうちに「横浜村」に取り込まれていってしまいます。

でも、人口370万人の都市ともなると、デカ過ぎて「横浜村」には仕切り切れない…デカいので財閥系の企業にはよき「市場」。それに「横浜村」とは無縁に「住んでるだけ」という人もたくさんいます。たぶん人口としては、こういう人たちの方がマジョリティです。

(前の横浜市長だった中田宏さんが、横浜に18区ある行政区のうち5つしかとれなかったのに、横浜市長に当選した…ということを思い出しました。そして、現職は「横浜村」が担いだ候補なので、記録的な低投票率という…)

街角で元気がいいスタンド・バーを起業したオーナーさんは、お店のある場所が「横浜市内」というだけであって、「横浜村」とは無縁な場合がほとんどです。お客さんのほとんども、横浜に「住んでるだけ」の人でしょう。

「横浜村」の人々は保守の典型です。「これまで」と同様に過ごして「これまで」どおりに「差配する実力」を維持したいからです。でも、それ故に「時代」からは置いていかれます。そもそも変化に疎いのです。
しかし、今は、横浜に「住んでるだけ」の人がマジョリティになり、「横浜村」とは無縁な経営者が実力をつけ、あとは、三井や三菱などの財閥系という状態。その状態で、横浜に「住んでるだけ」の人や「横浜村」とは無縁な経営者が納税させられている横浜市役所の予算が「横浜村」の勝手に使われている…これで、何も起こらないわけはありません。中田市長の誕生も、記録的な市長選の投票率も、その前兆に過ぎないものでしょう。

中田さんが横浜市長に初当選したのが2002年ですから、遅くとも1990年代中頃にはくすぶり始めていたはずです。つまり20年前には氷山に激突しているタイタニック号…でも、横浜村を横浜市民に解放する…という段階にはまだ至っていないでしょう。「横浜村」と直接的な関わりがないので「住んでるだけ」の人や「横浜村」とは無縁な経営者は、割と無関心でもあるのです。

「横浜村」でも帝王といわれる官房長官は、このあたりをどう読んで、どういう行動に出てくるのでしょう。
次の横浜市長選は来年だったかな。これで何かが変わるということもないでしょうが「これからどうなる」の指標にはなると思います。

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