minimal(ミニマル)

思い切って家財道具を処分し、本やDVD、CDを処分し、着るものも最小限にする。出がけに着る物を選んでいるだけで、案外、ストレス負荷は高いんだそうですが、人工的に「着たきりスズメ」になってしまえば、確かに気分は楽になりました。
もちろん、家財道具を処分し、本やDVD、CDを処分してしまえば不動産代も安くなりますから、その分、仕事上の負荷も減ります。レジャーも「ご近所散歩」を主にすれば、あまりお金はかかりません。たぶん最もお金を使っていた頃に比較して10分の1程度の支出で済んでいると思います。

それだけでなく、僕は自営業ですから、業務を行うチーム編成も自前。印刷物なら僕とDTPのオペレーターさんの二人。イベント系なら、人材系のプロデューサーさんと道具立て系のプロデューサーさんの3人でつくります。数万人規模のイベントでもそうです。もちろん、イベントの販促物は自分でつくりますし、webは僕一人で管理しています。

まぁ、ミニマルです。人間関係な気苦労は最小限です。

政策的な分野は民間側の代表者数人と、行政の担当者で話し合い、その結果を5人の専門家による委員会にかける…あるいは、その逆だったり。今は、総会みたいな決定機関もありませんし(もちろん、形式的には存在していますが)、上司の許可を待つ=「社に持ち帰って」みたいなプロセスもありません。

こちらもミニマル。

そもそも政策レベルの決定に参加している僕がイベントや出版物、webまでを管理していること自体、一昔前なら考えられなかったことでしょう。でも、それ故に現場と会議室の距離を縮めることができますし、なにより、人件費的には省エネで、それで長期にわたって体制を維持することができたということができると思います。何事も分担とチームワークを旨とする工業生産時代の教育を受けてきた方には眉をひそめられてしまうかもしれませんが、現に効率的。今は、「作詞、作曲ができるアーティストが、打ち込みでレコーディングまでを行ってしまい、場合によってはステージの舞台イメージや大道具のデザインまでを行い、コラボするアーティストのキャスティングまでを行う」感じになっている音楽業界の変化と似ています。

でも、何でもかんでも自分一人でやるから疲れているわけではありません。人間関係の負荷は減り、実務の負荷はコンピュータが負ってくれているのです。

脳出血で倒れたとき「仮に、糖尿病で高脂血症で高血圧でも、脳出血にはならないよ。ストレスがトリガーになるんだ」とお医者さんにいわれた僕は、その頃、まだ「旧来のやり方」で人間関係の荒海を必死に泳いでいたんだと思います。息抜きも、ファッションも見栄をはったもので、返ってストレスを貯める結果になっていた…。 再発率の高い病気をなんとか無事に長らえているのも「minimal(ミニマル)」のおかげかなとは思っています。

仕事にしても、娯楽にしても「多くの人に就業の場を」という問題は残りますが、理には適っている…だからこそ「闇」は深いんでしょう。たぶん「minimal(ミニマル)」はオーガニックでもあります。

20世紀型マニュアル・レーバーと分業制を終え、ハイテクとロウテクが共存する時代を誕生させるには、その前に「陣痛」という激痛を乗り越える必要があるのでしょう。
生半ではありません。

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