灯篭に斧

横浜の旧都心=関内や中華街、山下公園、伊勢佐木町などは三方が崖に囲まれ、一方が海という地理にあります。江戸幕府が外国人の隔離と貿易の独占をはかって、横浜港を周囲から隔離したかった、その名残です。

ここに人口が密集しています。山手の丘はハイ・カルチャーでも埋め地はロウ・カルチャー。庶民的といえば庶民的な街ですし、あまり裕福とはいえない人々がまさに密集して住んでいます。震災が起これば、この都心の複数箇所から火の手があがるでしょう。まったく火災が起こらないとは考えいくいと思います。そして、三方は崖。一方は海。そこに何十万という罹災民が逃げ惑うわけです。山手・イタリア山公園に通じる大丸谷坂は、埋め地から山手の丘に駆け上がることができる数少ない坂のひとつですが、うちのひいばあちゃんは何を見たのか、死ぬまであそこに近づきませんでした。今は坂の途中に「震災地蔵尊」が建立されています。

横浜駅周辺の繁華街も地理的には旧都心と似たような構造をしています。必要に迫られて海を横断するように「線路分」だけを埋め立てて、その後、取り残されていた湾を埋め立てて工場用地とし、その後が今です。関東大震災のときの液状化も激しく、東日本大震災のときも横浜市内最大震度は横浜駅西口の某所です。海抜0.5mなんていうところも珍しくありません。
ここがヨコハマでは最も栄えた繁華街ですし、オフィスも多い…東口はみなとみらいに隣接して「高層」。そんな具合ですから、広い面積を有する公園はほとんどありません。

海抜が低くて軟弱地盤で高層で、人口は密集していて広い公園はない…
横浜駅周辺には、再開発の過程で反対を押し切って、それなりに狭くはない公園地を確保し、関東大震災の震災復興事業でつくられた公園を残し、海との接点には側方流動に対応した補強が行われている地区もあります。近く、この地域には防災資機材を備えた防災倉庫もできる予定です。でも、この地区だけでは横浜駅周辺に滞留している全人口へ備えることは難しいでしょう。

ヨコハマ都心は、人々の暮らしやすさより、貿易をはじめ「金儲け」を優先させて発達した街です。それ故、自然が課した条件以上に災害には脆いものです。

このことを念頭に置かない災害への備えは、所詮「灯篭に斧」になります。ゆめゆめ忘れないように…

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