これから激流

旧い日本の映画界は、プロデューサーやプランナーなど、撮影の現場に出ないスタッフたちを「デスク組」と呼びました。監督さんや、撮影部、照明部、録音部さんたちは「現場組」です。
でもデジタルな機材が汎用されるようになって、この境界はあいまいになり「兼務」がスタンダードになりました。監督さんがカメラを回し、4人ぐらいのクルーで1本の作品を仕上げてしまい、さらに、その監督さんが編集もすれば、キャスティングも行い、上映の段取り、番宣まで買って出るという超・少数精鋭主義の製作体制でつくられている作品もあります。もちろん、予算が少ないということもありますが、作品づくりは言語的な伝達が難しい作業でもあるので、できるだけ「一人」でやった方が、自分が納得できる作品ができるのです。

音楽業界でも同じようなことが起こりました。いわゆる「打ち込み」でできることが人間のミュージシャンの演奏とかわらぬ水準を実現したので、たいていのスタジオ・ミュージシャンが失職し。絶対にコンピュータでは無理という音色を持つミュージシャンだけが生き残り、そのミュージシャンがツアー・ミュージシャンも兼ねるようになりました。

1980年代、僕が仕事を始めた頃、印刷物をつくるのにも大勢の専門職が関わっていました。文章を書く人や写真を撮る人、イラストを描く人だけでなく、誌面の文字を写真植字を拾って並べて文字部分をつくる写植屋さんもいましたし、刷版をつくる職人さんもいました。もちろん全体の進行を監督するデザイナーさんや印刷屋の営業さんもいました。
そこにDTPが持ち込まれて、街場な印刷物だと、クライアントさんの意向を聞いてきた人が、編集方針を立て、文章を書いて、写真を撮って、レイアウトをして、それを印刷のオペレーターさんに渡すという、ほとんど「二人」で、ページ物を含めて印刷物ができてしまうという状況になっています。ここでも「絶対にコンピュータでは無理」というテイストを持ってる写真家さんやイラストレーターさんは生き残っていますが、それはマスな販売規模があるものに限ってのことでしょう。たぶん街場では皆無だと思います。

こうした変化は、この20年〜30年からだと思いますが、この変化が映画や音楽、雑誌やポスター製作など特殊な現場だけでなく、さらに広範に汎用されて駅から人がいなくなり、電車もワンマンで、そのうち自動車関連の運転手さんもいなくなるのでしょう。

社会の変化は「川の流れ」と逆で、最初はゆったりとしていますが、最後は激流になります。多くの人が変化についていけない所以です。
デジタル化も、これからが激流でしょう。マニュアル・レーバーから距離をとること。人間でしかできない技術を持つこと。それが救命胴衣になります。

しつこいようですが、そんなに時間はありません。
無理してオリンピックをやって、その後の反動があって、さらに団塊の世代が後期高齢者域に入っていく…
そのあたりから「敗戦直後」のような状況になっていくはずです。

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