生き残れるはずはない

今が万延元年(江戸幕府の最末期)で、そのとき車夫という職種が隆盛になるなんて誰も予測がつかなかったでしょう。前期のNHK連続テレビ小説「あさが来た」で、登場人物たちが「両替商がなくなる」ということを腑に落とすことができずにいたのと同じです。

たぶん、今は江戸時代で、近く明治になるような時代に僕らは生きています。
それ故、僕らは「不動産取引のエージェント制」がもっと汎用され「宅建取引主任」という有名無実化してしまうかもしれず、街の内科医がAIに置き換わってしまうことも、医療制度の合理化で薬剤師なしでお医者さんだけで薬が出せるようになってしまう可能性もあります。

やっぱり、時代の流れを読んで、必要とされる仕事を自分でイメージするしかないのです。

「広岡あさ」さんも、あのとき、日本では産業として確立される前の「鉱山」に飛び込んでいくわけですが、「これまで/これから」の断層が大きな時代には「これまで」から「これから」を類推するより「未知」に飛び込んでいくことなのでしょう。もちろん、当たるも八卦な部分はありますが、インターネットも、AIもあって、電車の車掌さんがいなくなりそうな時代に、10年前のセオリーが当てはまるわけがないのは明白です。労働市場だって国際化しちゃってるわけです。

どうしていいのかわからないから「これまで」から未来を選択しようとする…
何で? 時代が大きく変わっていっているのは知っているのに…というわけです。

でも、インターネットがあるのに「インターネットがなくポケベルしかなかった時代」の常識で考えるわけにいかないじゃないですか。ちなみに「宅建取引主任」が資格化されたのは、1958(昭和33年)長嶋終身名誉監督が巨人軍に入団した年です。時代は変わっている。そのことを十分自覚している。でも切り札として1958(昭和33年)制定の「宅建」を目指す…矛盾していませんか。

「どうしよう、しよう」で実質「一歩も進めない」より「犬も歩けば棒に当たる」を目指した方が良いのでしょう。なにしろ長嶋終身名誉監督が巨人軍に入団した年、掛け蕎麦1杯=25円。その時代に制定された資格で21世紀を生き残れるはずはないのです。

もちろん、宅建だけの話ではありません。ほとんどすべての「資格」に同様なことが言えるのでしょう。道は自分で切り拓くしかないのです。

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