民政の達人

RPGの影響もあってか、今日さらに「戦いに明け暮れていた」イメージに包まれてしまっている戦国大名ですが、その実、実際は「民政」の達人たちです。

当然なら、殲滅戦は「双方全滅」がオチ。たぶん「天下布武」の「武」も「闘って」の意味ではないんでしょう。ハイカルチャーであった公家やそれに近しいエリート武士ではなく、野育ちの武士=自分たちが自治するといった意味だったんじゃないでしょうか。信長といえば「座」の利権を廃して「楽市楽座」を創始した人でもあります。

「公」が力を落とし不穏な時代に名たればこそ、人々は安寧を求めて、それを提供してくれる人を「御館様」と慕ったはずです。つまり、戦国大名も、決して斬り結んで頂点にいた人ではなく、「真田丸」に登場する上杉景勝でなくとも、民の係争の調停に腐心し、信用を勝ち取っていった人々なんでしょう。平時を安寧にできなければ、いざという時に兵士も充分な資金も集められませんしね。

そうでなければ彼らも数多の「野伏」のひとりとして歴史の闇に吸収されてしまっていた…ということなんだと思います。

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