巨大な地震のエネルギーを溜め込むように

現在の自分の暮らしのどこを政府や自治体に負うているのかということをきちんと整理して考えてみたことがないというのが若者のスタンダードなところでしょう。
食料品や衣料を役所から買ってくるわけでもなし、もちろん配給というわけでもない…行政サービスを意識するとしてもせいぜいゴミ収集や病気になったときの診察・治療などの場面でしょうか。

でも、子育て、介護などが現実の問題になってくると、とたんに行政サービスの不毛が露わにな。でも、やっぱりそれだって当事者だけが感じることだし、経験者でさえ喉元過ぎれば熱さを忘れるだけ。近隣の紐帯がしっかりしていた時代と現在の状況との違いをアジャストできずに「私たちが若い頃は」を繰り返すだけです。無論、当事者も当事者になるまで問題を省みることをしません。婚活な人が育児の問題を真剣に考えることはまれでしょう。

でも、子育て、介護などの分野に限らず、行政の仕事ぶりは「充分」には程遠いものです。会社は会社で民間だし、コンビニもcafeも有料の民間サービスなんであんまり気にしたことはないかもしれませんが、街づくり、福祉、なにより政府や自治体の経営などについては「怒られないように形だけつける」感じで、どうでもいい問題には(解決に)一生懸命になりますが、将来、首を絞めることになりそうな大問題については見て見ぬ振りの先送りです。

だって「安定」を目指して公務員になった人が大半なのです。公に殉ずるお役人がいたら、その人の方が変わり者。世間もそういうことを妨げなかったし、親たちだって息子が公務員になったら「安定した収入」という意味で喜んだでしょうし、たいていの人なら押しつぶされそうな仕事だとは誰も想定しておらず、仮にそうだということが判っても「そういうことは他の人に任せておけ」と言ったはずです。

でも、ホントは他の人なんていないわけです。彼は役人ですからね。

そして歪みは溜まり続けています。
まるで沈み込むプレートがプレート境界で巨大な地震のエネルギーを溜め込むように。

僕は、かなりの震度になると思っています。あらゆる減災を考えておいた方がいいと思います。
その前に、僕らの暮らしのどの部分が「行政サービスに拠る」ものなのかを洗い出しておくことでしょう。

面倒臭いですけど、たぶん「生き地獄」になりますからね。
僕は、前の大戦に敗戦した直後のヨコハマをイメージしています。

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