残る仕事

人間の手元に残るのはストレスフルだし、面倒だと避けてきた仕事だけでしょう。わざわざ「火中の栗を拾いに行く」ような仕事とか。少なくとも,たいていの人がやりたがらないような仕事です。
逆に、そこそこ楽勝なのに、案外、まあまあな給料がもらえる仕事があるとするなら、それこそが真っ先に、AI(実行知能)化、ロボット化でしょう。何しろ電車の車掌さんがいなくなり、駅のホームから駅員さんが消える時代です。面倒すぎてコンピュータの手に余るような仕事しか、僕らの手元には残らないのでしょう。

でも「面倒」を「楽にする」コツはあるものです。情報生産は、工業生産と違って極限的な「時短」を実現することも可能です。確かに、そういうことを工夫するのも「面倒」ですが、でも、しょうがないですね。なにせ、コンピュータが相手、彼らは一台がノウハウを会得してしまえば後はいくらでもコピペで済んでしまいます。内科医でさえ、街角の開業医なら15年ほどでAI(人工知能)に置き換えられてしまうのではないかといわれているくらいです。「面倒」でも生きていくためにそちらに傾注していくしかないでしょう。一瞬にして一業種殲滅の可能性すらあります。

一般的な移動・輸送手段としての人力車は1930年代(昭和初期)にピークを迎えています。人力車は明治の象徴ではなく、昭和に入っても立派に現役だったのです。しかし、電車、路面電車、自動車の普及で、その後、ピークから10年と経たずに車夫という職種は絶滅していきます。

いつの時代もそういうことがある…技術の進歩は必ず人々から職場を奪っていきます。
教科書ではページをめくれば明治から大正、昭和とただの文字情報としての時代の変転があるだけですが、現実には、時代の変転があるたびに翻弄されてきた人々の営みがあったわけです。

大変だったと思います。ただ、歴史が証明しているように、たいていの僕らはそれでも生きようとしてしまいます。たぶん本能みたいなものでしょう。走性というか…

だから、僕は準備が必要だと思うのです。のたうちまわるのは嫌ですからね。

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