「参加する」ではなく

例えば「学校が足りない」として、やろうと思えば「建物としての学校」は遅くとも数年後には、数を満たすことができると思います。
でも、学校の先生の不足はそうはいかないでしょう。たくさんの教師希望者の方がいたとしても、あまりに急ぎ過ぎれば先生の粗製乱造につながってしまうかもしれません。

「何を何ヶ所」と施設数を揃えることと、その施設で実務を担う人材を確保することの難易度には雲泥の差があります。人材には教育が必要ですし、教育には相応の時間がかかります、しかも志願者の全員が必要な人材になってくれるかどうかはわかりませんし、そもそも志願者の募集に苦労するかもしれません。

つまり、そう簡単に状況は変えられないということです。

しかも行政の担当者は鈍足です。とっとと進めようとする人がいても、その人の方が煙たがられて村八分の状態に置かれるのが実際です。これはお役所に限らず、どこの職場だって「これまでどおり」で済めばそれに越したことはないというのが一般的な就業者の人情でしょう。

さて

当事者としてお子さんの保育の問題があればそれを注視し、介護の問題を抱えていればそこを注視する。でも問題はそればかりではありません。まさに問題山積の状況です。たとえは悪いですが、東南アジア戦線での負けが込んで燃料の供給がおぼつかなくなる中、中国大陸の戦況は泥沼化し、太平洋ではアメリカに攻め込まれ、もう状況は、あの頃の1944(昭和19)年といったところでしょうか。

遅きに失する…神風は吹かないものです。

あの頃、闇屋が横行していたのは、一方で横流しをする軍人やお役人がいたからですが、市井の人々がセルフで活路を見出そうとしていた証でもあるでしょう。要求出して、文句言いながら待っている…ではなく、わが家がどうやって生きていくかをどう実践的に叶え工夫していくか。
社会が提供してくれる枠組みの中で不足を嘆くのではなく、自分で生きる…

関東大震災と、空襲にやられながら、国民年金も健康保険とて満足になく、たいていはインフレな時代を、うちのひいばあちゃんたちは、何事も「参加する」ではなくて、自ら「助け合い」をメイキングすることで乗り切ってきました。
僕の育った「ご町内」も、ひいばあちゃんがつくった巨大な「非・血縁家族」。大半がひいばあちゃんの友だちと、その子どもや孫たちです。

就職が「会社に入ること」で、コミュニティといえばPTAか管理組合、自治会の類…。そしてゴミ処理を含めて生活利便と医療は行政に求める。

それでは危うい時代に入っていきます。大規模な災害に見舞わればなおのことです。

セルフ・サービスには具体的な準備が必要です。
生活互助に必要な人の紐帯をメイキングするにはさらに長い時間がかかります。

もう、あまり時間はありません。しつこいようですが準備をお勧めします。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

w

%s と連携中