さらにその水脈を豊かにして

たぶん空襲を、広島・長崎への原爆投下を呼び込んでしまうような政府なのに、それとは知らずに多くの人々が彼らを積極的に支持してしまうということもあるのでしょう。不況のさなか、植民地での権益を増やして景気回復ともなれば、実利の中でも喜ばれたんだと思います。

まさに短慮だなと思いますが、現在を含めて、未だ多くの人々が「熟慮」という状態に達しているとは思えません。
あのときも熟慮できていた人は少数でしょうし、まともな警告を発していた人をこそ笑い者にしていたのでしょう。そして敗戦が濃厚になれば、笑い者にされていた人にさらに非国民のレッテルを貼り、彼らは口を塞がれた上でスケープゴートにされていたんだと思います。

多くの人は、政府の指導に従って防空壕を掘り、勤労奉仕に汗を流していた。敗色が濃厚なのをひしひしと感じながらも…

いつか来た道だなぁと思います。警告も警鐘も届かないところには全く届かないらしい。
ただ、あの頃も、この国の文化は地下水脈のように清流を残しました。工業生産時代の終焉は、さらにその水脈を豊かにしていくようにも思います。
できることはあります。

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