情報(知価)生産

あの頃と違うのは、個人プレーの情報(知価)生産が収入源になり、しかも、その収入が、まるで特殊部隊員1人が1個中隊ほどの殺傷力を持つように、少なくとも1名での生産が企業1社分ほどのものにもなろうかということであり、それが外貨収入にも繋がるということでしょうか。

前の大戦の頃は工業生産時代の只中です。なんらかの組織や集団の一員とならなければオマンマの食い上げです。無頼な作家も、自分で印刷作業をするわけにもいかず、もちろん出版社の存在は不可欠です。SNSで海外の市民と直接コンタクトをとることなど夢のまた夢でしょう。

たぶん、遠くない将来、それでも「対策」は講じられてしまうのでしょうが、今少しはじかんがありそうですし、情報(知価)生産時代になったことはますます鮮明になっていくでしょう。

「戦争画」を描かされた絵描きたちのように、いわゆる文化人や芸能人枠のアイコンが、彼らの色に染めらるようになってきました。街も再開発に編成される面積を急速に増やしていっています。あの頃なら軍靴が近ずく音にもっと怯えなければならないところです。

あのヒトラーやスターリンでさえ天下は数年でした。統制型の為政とはそういうものなのだと思います。

でも、その数年で国土は焦土と化します。
戦後のためにも、情報(知価)生産だけが希望の光です。

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