出会えなかった心地よさ

雑誌「週刊朝日」の2016年3月4日号「週刊図書館」のコーナー。ちくま新書「家族幻想」(杉山 春著)について。長山靖生さんの書評にこんな一節がありました。

ひきこもりの誘因として著者は、若者を縛る「規範」に注目している。親や学校や社会の規範が、若者を抑圧する。また若者自身、内面化した規範に照らして自分に満足できず、足がすくんでいる実態を、リアルに描き出した。

僕も、影響が大きいのは「外圧」じゃなくて「内圧」のような気がします。ここでいわれている「ひきこもり」だけではなく、また、若者だけでなく、もっと多くの人々が「自分」に縛られて、息苦しく生きているのかなと思います。
僕の場合、再発率も高く致死率も高い病気を背負って、逆に開き直ることができたんですが、そうでなければ、やっぱり、今も「自分に縛られていた」と思います。もちろん、そのときは無自覚だったんですが、今にして思えば「must」な感じを、自分に強いていたのです。

そして「できない」を恐れる。恐れているからストレスを溜める…心的に不健康な暮らしぶりです。

「禅」な感じにいえば、良いも悪いも、自由も不自由も「あるがままなり」になれればいいんでしょうが、なかなか難しかったですね。
お医者さんにも「糖尿病で高血圧で高脂血症でも、それだけでは脳出血にはならない」って言われたんですが、つまり「あるがままなり」になれずに「ストレス大魔神」になっていったということでしょう。それが主に「内圧」に拠るものだったら、よけいにバカバカしいはなしです。

自分に期待せず、所詮、無名のエキストラの一人と割り切ることだし、だから「大切にされない」ことがレギュラーなんだと思うことかな。

で、「楽(らく)」になったと…
そして、その「楽(らく)」さといったら、まぁ、とても心地よい…

たぶん脳出血にならなければ出会えなかった心地よさですから、それだけは「役得」だったかな。そんなふうに思っています。

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