スマートなレジスタンス

ようやく最近になって整理がついたことです。

岸信介氏がデザインを主導した満州国における邦人の生活。それは、当時の日本本土以上に電化も進み生活利便は豊かで庶民にいたるも「至れり尽くせり」な状況だったといいます。これと高度成長期の入り口を象徴する「テレビ、電気冷蔵庫、電気洗濯機」。そして、大阪で万博があった頃の「自動車、カラー・テレビ、クーラー」などのことを重ねて考えてみると、安倍さん家流の国民統制の手法は、まず「楽に生活させる」ことからなんだなと思います。楽をさせて自立力を奪い、その「楽」を提供してくれる人がいなければ生きていけないようにする…テレビやカラー・テレビは、そうした国民を洗脳していくためのひとつの道具だったんでしょう。パンとサーカスではありませんがイベントも盛んになります。そして、だんだんぶっ座っているだけになる僕らは鶏のケージに並んだいる白色レグフォンのように生きていくようになる。でも、もう「戦後」だけで70年以上。ジョン・ダワー博士によれば翼賛体制は戦後にも途絶することなく続いたようですから、あるいはそれ以上の時間、僕らは飼いならされてしまって、反抗はおろか、そういった状況に疑問を持つことすらできなくなってしまって、彼らは敗戦を経てもなお今もって安泰です。

学校教育も洗脳の機会みたいなもんだったんでしょう。そして、僕たちは就業者として為政者や企業家たちを儲けさせ、消費者として、また彼らに収益をもたらす…彼らが海外に市場を広げたければ、まさに先兵となって活躍します。

そういうわけですから、反戦や反対の声を上げるより、彼らが提供してくれる生活利便を拒否して不便から僕らを再起動させること。なんでも「自分でできるようになる」なんでしょう。
逆に、デモに参加しても、その参加者の普段の生活が、彼らから提供される生活利便なくして成立しないようなら、どんなに大きな声も決定打にはならないのでしょう。

静かに自立する…

国家的に準備された「至れり尽くせり」の中に暮らしているのですから、いっぺんには無理ですが、少しずつでも始めていくことでしょう。
そうすれば、彼らの失政が、行政の機能不全とハイパーインフレの時代を呼んでも、多少は図太く生きられているはずです。

クルマを降りて自分の脚で移動する。便利を捨てる。21世紀のスマートなレジスタンス運動です。

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