「現在/これから」の再開発

僕が大学受験という頃になっても、武蔵小杉は「工場」な街でした。南武線で武蔵新城に下っていくあたりまではそうだったと思います。新川崎あたりは広大な貨物列車のヤード。横浜の東神奈川駅の地先=東高島も貨物駅。それがタワーマンションとショッピング・モールに再開発されて「即成」の街になっていきます。
各地区の「全体像」を見据えてコントローラーになっている「人物」が不在なのが現状。名目上は行政やURが主導していることになっていても、引き継ぎもほとんどなされぬままに数年で人事異動です。「即成」とはいえ、街づくりには最低でも20年はかかろうというのに。

民間のデベロッパーにとって「街づくり」は「関わるべき立場にない」ものです。たんなる街区開発を「街づくり」と称したりしますが、それも「建物が出来て、販売が完了する」まで。あとは建物に内向きに管理するだけです。住居棟なら「売った後」は住民たちの持ち物になりますから、さらにあずかり知らぬ事になります。とにかく、彼らは決められた期間に会社が認める収益を上げなければならないし、経費がかさむことを引き受けたら、首がかかるわけです。

各地区がこんな具合ですから、首都圏全体を見渡してコントロールしているヘッドクォーターがあるわけではありません。あれよあれよという間に各地に総人口5千人規模の「街」がつくられようとしています。何度か書かせていただいていますが、1980年代末のバブル景気の後遺症が癒えないから都心にはコイン駐車場があるわけです。社会問題になるほど「空き家」は東京でもありふれた風景です。ある程度の規模になると15年ほどで「補修」をしなければならないのがマンションですが、タワーマンションの補修など、誰もやったことがありません。

飛行機で真珠湾攻撃に勝ってからも、大艦「戦艦大和」の建造は続けられました。そして、やはりというか、結局、就役後にも「海戦」に大きな威力を発揮する機会もなく、最後は沖縄本島に乗り上げて「砲台」にという、それだったら「最初から沖縄に砲台造れよ」という悲しい作戦遂行に向かう過程で数本の魚雷攻撃で撃沈。

僕は、あの轍を踏もうとしているのだと思います。

すでに、各地の再開発建物の管理組合が、本来は入居者のためにつくられた駐車場を外部に貸し出し、空きスペースに自動販売機を置くなどして収益事業を始めています。立ち行かないからです。
もちろん入居者に向けて行われる事業なら無税ですが、外部から収益を上げる事業については「管理組合が行うもの」であっても課税対象になることになりました。つまり、それだけ「レアなケース」とはいえなくなったということです。

「空き家」問題と住宅開発(マンション建設)のバランスをとっている人は、僕の知る限り「いない」と思います。
マイナス金利で「オペン・ホセ」な物件はいっとき隆盛になるかもしれませんが、オリンピック後にも長期に残るローンがどこまで負担になるか…

そして、タワーマンションはどうなるにでしょう。この国は少子高齢化。爆買いな国の人々の消費力にも陰りが見えています。

僕はね。「不意着に備えよ。頭を下げて! Heads down!」と思っています。

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