大学バブル

大学もリアルに必要な数に戻っていくのでしょう。たぶん、今は「多過ぎ」です。

年齢に関係なく、大学や大学院に行ける機会はもっと充実させるべきだと思います。僕も50歳を過ぎて大学院に行きましたが、ある程度の職務経験を踏まえて大学や大学院に行くことはたいへん面白いことだし、実際、有意義なことです。でもそれを加味しても、これだけの数の大学や大学院が必要だとは思えません。

だいたい、大学という場に何を求めて進学するのか。正確なところが市井に知られているとは思えません。

僕が大学受験の頃、すでに大学進学は「就職のため」であり、進学先は自分のテストの成績と大学につけられた偏差値によって定められていました。多くの家庭が大学を質的に選択するだけの情報を持っておらず、公立高校なら、学校の先生にも充分な知識はありませんでした。それ故、文学部と経済学部の併願などというとんでもないことが起こっていました。
そして、そうした僕らがもう50歳も半ばの世代になり、たぶん、多くの場合「子の親」です。でも、そのお父さんには「つぶしが効く」からというわけのわからない理由で法学部に進学した経験しかなく、なぜ高校の先生は「教諭」で大学の先生は「講師や教授」なのかということも、未だに明確に説明することができないのでしょう。

そんなもんです。

在来交通機関が発達していない都道府県では、同じ県内の国立大学に通うのにも「下宿」を余儀なくされるケースが珍しくはないのだそうです。そうしたことについては、無償の公的補助があって然るべきだと思います。

(ネットも発達していますが、対面でなければ学べないこともありますからね)

でも、大学の数は増やすべきではない…多過ぎると思います。

現在、わが国には44万6千人以上の「博士」がいるんだそうです(平成20年度「博士・修士・専門職学位の学位授与状況」文科省 2008年)。でも、日本国民1億2千万人以上。44万人6千人以上といえども、総人口に占める割合はわずかに0.7%。たぶん、ほんとに大学や大学院教育を必要としている人の数はこのくらいなのだと思います。

理系の分野でなくとも研究や創造は国の礎です。0.7%のニーズだから無視していいということではないことはいうまでもありません。でも、必要としていない人にまで門戸を広げる必要はないのでしょう。

大学もバブルだったのかな。
高校卒業後、大学へ進学する人が5割を超えて、やっと実情がわかってくるのかな。

大学も適正な数になったら、粒揃いに、端正になるのでしょう。

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