町/街/まち

僕が「まちづくり」を「街づくり」と記すのは、僕の経験が、デラシネたちが集まって暮らす場所に集中しているからです。ときどき応援で、中世、あるいはそれ以前からコミュニティが基層にある都市でも仕事をさせてもらいますが、いつもいつも、まったく異なった文法があることに驚かされます。「町」は「田」に「丁」を合わせた文字ですが、この「町」があてられるような都市は、農業を中心に第一次産業を中心とした「里」との交流も盛んで、コミュニティも固い…江戸でも「兜町」などの町名がありますが、これは幕府が職種別にコミュニティをつくって江戸を編成したからで、「町」=コミュニティという意味でもあります。

場所性から都市を語ると、人口の多少や経済指数の大小ではなく、暮らす人の流動性の高低に拠る…おのずとに第一次産業との関係が厚ければ流動性は低く、商業っぽくなればなるほど流動性は高い。そして、技能の町は流動性が低く、工業の街は流動性が高い。

「街」という漢字は、もともと「道や区画の形」の象形化から始まったもので、住宅や商店の集まっているところを空間的に描写したもの。つまり、冷たい都市のイメージ。人の出入りが激しい「ふるさとにならない場所」のことです。
僕は、まさにそういう場所に育って、僕の心の中には「ふるさと意識」というものがありません。それで「田」に「丁」の「町」は専門外だなと思っているというわけです。

「まちづくり」は、高度成長期に、特に「景観」を統一することを好んだ人々が多用する言葉です。「町」も「街」も十把一絡げに扱って全国一律な「まち」にしようとした…
ある意味「ファスト風土」の生みの親でもあり、テロップが入らない映像では、そこがどこだか判らなくなってしまった昨今の都市の、その悲しさを生み出した元凶ともいえる言葉です。

いずれにせよ…

計算と理論で造る都市はなんとも味気ない…
また「場所性」には一切留意なく「空間」をつくること、つまり建物や街路をつくることが「まちづくり」だとされて久しく、依然として業界の常識は「まちづくり」=「空間づくり」であり、「空間づくり」を以って「まちづくり」とする…です。

でも、業界の常識を覆すことはなかなか困難です。ましてや僕は非力。

そういうわけで「場所性からの街づくり」は「私立」で と思っています。

仕事上の「公」でも、そういった方向でアプローチを始めていますが、わかりやすくやっちゃうと反対に遭うので、どうしてもオブラートに包むことになってしまいます。それで、傍目から見ていても判りやすい事例は「私立」で、と考えているというわけです。

青図は概ね書きあがりました。少しずつ実行に移しながら細部調整し、東京オリンピック終了までには形にしていきたいと思っています。

仕事の方でも、これからの数年が「仕上げの時期」かな。
でも、まぁ、焦らずにやります。また倒れちゃってもなんですからね。

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