「均質化」が美学だった時代

結局、それぞれの個性より「均質化」だった…そういうことに疑いを持たなかったんでしょうね。

あるとき、ヨコハマから遠く離れた場所にお邪魔して、その町の中心市街の商店街のアーケード化について意見を求められたことがあって、そのとき、全国の先行事例集みたいな資料が配られたんです。
表紙に小洒落た佇まいの商店街が写し出されいる…よくある風景と見逃して、そして会議ははじまりました。
しばらくして、改めて手元の資料を見直すと、なんと、その表紙の写真がヨコハマの元町でした。知っているお店が写っていたのです。

愕然としました。

子どもの頃から、何万回、往復したかわからない商店街です。僕もうちの妹も、この商店街でバイトしていた経験を持っています。でも、その商店街が全国の事例集の資料に埋もれていたいたのです。

今でも、子どもの頃の元町にあったランドマークなら思い出せます。でも、今の元町を思い描こうとすると、なんだかあやふやです。頭に思い浮かべたストリート・ファニチャーが、元町のディティールなのか、町田のディティールだったのかわからなくなってしまうのです。

そういう意味では、自由が丘や学芸大、都立大や戸越銀座など、東急線沿線の駅近にいた方が落ち着きます。まだまだ大量生産品の組み合わせではなく、個人のお店も元気だからです。

最近は、そういう感じが白楽駅から妙蓮寺駅の間にもでてきました。
古本屋さんやブランジェリーさんやcafeなど、若い人たちの起業です。清澄庭園あたりのcafe群のような押し付けがましさもありません。

「均質化」が美学だった時代に句読点が打たれようとしているように思います。ありがたいことだと思います。
大勢が一斉に同じ仕事をすることが生産性に繋がった工業生産時代と違って「非国民」の居場所もなくなりはしなそうです。SNSが発達した時代なればこそ味方は海外にもいます。

焦らなければ、たぶん、大丈夫だと思っています。

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