外国人向け

ベトナム戦争時、武器や弾薬を含む軍需物資の輸送船。その日本人クルーのリクルートをしていた米軍機関はヨコハマの瑞穂埠頭にあったそうです。1000人以上の方がヨコハマから戦地へと向かっています。当時、安倍さんと同じ流れの内閣でしたし、あまり話題になりませんでしたが、1968(昭和43)年には敵軍の迎撃を受けて、そうした日本人の方からも戦死者も出ています。

そして、今も瑞穂埠頭は米軍施設です。敗戦時の接収が解除されてはいません。

ここに勤務する米兵や軍属の方なんでしょう。横浜駅の西口と東急東横線の反町駅の間のマンションには、若いアメリカ人がそれなりの人数いて、駐車場には米軍属をあらわす「Yナンバー」のクルマも珍しくはありません。

彼らが、これから横浜駅西口に建設が始まる44階建て、14〜43階が住居=390戸の「外国人向け住宅」という建物の顧客として見込まれているのなら、あまり気分のいい話ではありません。確かに、彼らにとっては独房のようだろう「日本人サイズ」のマンションに分宿している現状は「改善すべき」ことなんでしょうし、こういう面に関しては日本側からの「思いやり予算」で、自腹は痛まないのかもしれません。

引っかかりますね。

それに、彼らからの家賃をあてにしていたマンション・オーナーたちは、たくさんの空室を抱えることになってしまうかもしれません。もちろん、すべて「仮定」の話ですが、根岸の米軍住宅の只中に我が家があって、何かあると我が家に帰ることもできなくなる現状を抱えるヨコハマです。少数ならかんたんに切り捨てられるのかなと思います。

ときどき、やっぱり日本は「敗戦国なんだな」と思うことがあります。本牧に広大に広がっていた米軍住宅は、住宅地とショッピングビル、ロードサイド・レストラン公園など「日本のファスト風土」になりましたが、市内の接収地が皆無になったわけではなく、まだまだ接収は続いています。
そうしたヨコハマで「外国人向け」というと、なにもビジネス絡みというだけでなく、こういう見方もできるんだなーと思いました。

いずれにせよ、寄る辺なききは「街場の庶民」。昔からそういう街です。

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