「風」のようなもの

1960年代や70年代、80年代の「懐メロ」を聴く機会が増えて、ずいぶんになります。洋の東西を問わず、あの頃は「見向きもしなかった」楽曲を含めて、iPadでヘビー・ローテーションしています。
それというのも、そういう楽曲たちについて、ぜんぜん正当な評価もできずに、こちらが幼いからこそ、まるで飽きた玩具を放り投げるように、投げやりに通り過ぎてきた楽曲の多さに愕然としたからです。
キャロル・キングの「So far Away」冒頭のギターのフィンガリング。エバンスの「Waltz for Debby」のスコット・ラファロの存在感。ディーン・マーチンやシナトラが歌っている「Let It Snow」。クリスマスのたんびに聞いてきたはずなのに、あんなにエロ微笑ましい歌詞だなんて思ってもみなかったし。

とにかく右耳から左耳への流し聞き…聞き逃していたんですね。たぶん、あの頃の僕は、この名曲たちを音楽として味わうんじゃなく、楽曲データとして、これでもかと簡単な特徴を詰め込んでいただけだったんでしょう。

もったいないことをしました。

日本の(いわゆる)フォークソングの琴線に触れ、その歌詞にふるわされ、じーんときてしまっている自分がいる(ようになる)なんて、自分が自分で一番驚いているんですが、逆に言えば、なんでこんな名曲たちを、僕はバカにし、何を斜に構えて語っていたんだろうと思ってもいます。

ただ懐かしいんじゃなくて(懐かしがろうと思っても、あの頃はロクに聞いていないわけですし)、彼らはよく都市を描写しているし、寄る辺のない若者の気分という「やわらかいもの」を見事に「動く画」にしています。

あの頃の20代の若者たち…

そういえば、スコット・ラファロは「Waltz for Debby」のレコーディングから10日後くらいに自動車事故で亡くなってしまっているはずです。若さも含めて、名曲は一瞬のきらめき、時代がかき消してゆくときもあります。

音楽は「風」のようなものです。そこに形が残るものではありません。手で捕まえられるものでもない…

出会ったその機会を大切に、と思います。

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