やっぱり考えてみる必要が

お医者さんにしろ、弁護士さんにしろ、高級官僚でもいいんですが、問われるのは学校の勉強ができるかどうかであって、その人が持っている文化だとか、ライフ・コンセプトみたいなものは、そんなに深く査証されることはありません。一応、そういうことを問うために「面接」的な試験があったりするのかもしれませんが、はっきりいってどうとでも誤魔化しが効くレベルのものです。

マニュアル・レーバーなら、それでもいいのかもしれませんが、政策決定レベルになると、その人が持っている文化だとか、ライフ・コンセプト…響いてきますからね。

ホントは重要なポイントです。

故に、そこを問わないのが平等ではないと思うんですよ。
「学校の勉強ができる」からって勉強熱心とは限りませんからね。

特にライフ・コンセプトだな。受験までの苦労を取り戻すんだとばかりにお役人やられてたらたまりませんし。

本気にやったら「一生、全力で公に奉仕」みたいな仕事で、本格的にライフ・コンセプトでの適性を問うたら「そんな仕事、誰もやる人いなくなちゃう」のかもしれませんが、そうしたらそれはそれで僕らの限界なんでしょうし…

学校の勉強ができるとか、できないとかと違って「量」的に判断することも難しい分野です。でも、だからって目をつぶって「そこは自主性に任せる」でも済まない気がします。

やっぱり、考えてみる必要があることでしょう。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中