1989/2016

1961年生まれの僕は80年代末あたりの、いわゆるバブル経済の頃に、もう20代後半です。つまり1970年代初頭生まれの「第二団塊の世代」のみなさんも、10代後半だったということです。
この人格形成期に、この国は明らかに「お気楽」でした。1989年の大納会での日経平均株価は38、915円。「Japan as NO.1」の頃です。

あの頃の風潮は「難しいことは誰かに任せて、自分は気楽に自分の人生=余暇を楽しむ」がスマートというものでした。そういう意味で「得した」が「おいしい生活」であり「難しいことは誰かに任せて」の「誰か?」ということを深く考えることは「バカにされる」=「ネクラ(根暗)」なことでもありました。
当時はブラック・バイトなどあり得ず、バイトは「無責任に働いてお金がもらえる」と同義語でした。非正規雇用という言葉もなく正社員も「できるだけ、お気楽に働いて高給がもらえる」が「おいしい」ということで評価されていました。反意語は「3K」。「きつい (Kitsui) 」「汚い (Kitanai) 」「危険 (Kiken) 」な職場は敬遠され、さらに「給料が安い、休暇が少ない、カッコ悪い」が加わって「6K」などといわれることもあったのが当時の風潮です。

今、僕は55歳。第二団塊の世代も不惑を超えました。でも、未だに「あの頃」の余韻を残しつつ生きているのかもしれない遠もうことがあります。
誰もが「当事者意識」を持たなければ切り抜けられない時代に、その当事者意識から「逃げる」ことを旨とし、自分の生活に不具合があれば、誰かに「文句をいう、あるいは要望を出す」しかできない。そして、自分は自分の分担の中に篭って、問題が顕在化しない限り「ちゃんとやってる」と認識をする…

まずいなぁと思います。

この国が沈みかけていることを自覚できないのは「自分の分担の中に篭って」いるからで、状況がジリ貧の状態にあるのは「文句をいう、あるいは要望を出す」しかできないからでしょう。

恐らく専門家でも読みきれない未来に向かって僕らのあしたはあり、故に手探りな状況。
行政施策は後手に回ります。

現在は1989年ではありません。それについては多くの人が「判っているよ」とおっしゃるでしょう。では、2016年の状況に合わせて、自分の考えや行動をアジャストできているのか。メジャー・チェンジが要求されているのにマイナー・チェンジに終始しているではないか…最後のチャンスだと思って真摯に自分と向き合ってみる必要はあるでしょう。

なんとなく世の中が渡って来れたのは、あの頃の日本がバブルだったから。そして、バブルはその後にも大きな余韻を残していたから。今はあの頃から四半世紀以上が経過した2016年です。

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